現在、気候変動に起因する自然災害が世界各地で増加しており、社会に与える影響とともに企業等に与える財務的影響が懸念されています。
この問題に対応するため、金融安定理事会によって設置されたTCFD※は2017年に最終報告書を公表し、企業等に対して気候関連のリスクおよび機会に関する「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4項目について、ステークホルダーに対して情報を開示することを推奨(提言)しました。また、2022年には(公財)財務会計基準機構内にサステナビリティ基準委員会が設置されるなど、サステナビリティ情報開示に向けた動きが加速しています。
当社は、気候変動による事業への影響を重要な経営課題の1つと捉え、ESG経営の観点からも関連情報の開示が必要不可欠と認識しており、2020年からこの提言に沿った気候関連の情報を開示しています。
TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)
TCFD推奨 気候関連情報開示項目
ガバナンス | 気候関連のリスクおよび機会に係る組織のガバナンス |
---|---|
戦略 | 気候関連のリスクおよび機会が組織のビジネス・戦略・財務計画に及ぼす実際の影響と潜在的な影響 |
リスク管理 | 気候関連のリスクについて組織がどのように選別・管理・評価しているか |
指標と目標 | 気候関連のリスクおよび機会を評価・管理する際に使用する指標と目標 |
出典:環境省「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ-気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド-」2021年3月
ガバナンス
当社およびグループ会社(以下、シミズグループ)は、長期ビジョン「SHIMZ VISION 2030」と「中期経営計画<2024-2026>」において、気候変動を含む環境問題を経営に重要な影響を与える課題の1つと位置付けています。
当社では、環境問題に関する基本的な方針および施策を「サステナビリティ委員会(委員長:社長)」で審議しています。本委員会はサステナビリティ担当役員が副委員長を担い、安全環境担当役員、各事業担当役員などで構成され、気候関連のリスクと機会の特定と評価の結果を審議するとともに、CO2排出量削減目標等の達成度も管理しています。また、これらの審議の結果は取締役会に報告され、監督する体制となっています。さらに、社長直轄の組織である「環境経営推進室」が、シミズグループ環境ビジョン「SHIMZ Beyond Zero 2050」の達成に向けた活動等を統括しています。
シミズグループの環境問題に関する重要決定事項は「環境経営担当者会議」と「グループ会社環境経営担当者会議」を通じて、事業部門(支店を含む)およびグループ会社に伝達され、主要サプライヤーも含めた環境に関するガバナンス体系を構築しています。
シミズグループの気候変動関連課題に関するガバナンス体系

戦略
シミズグループの事業に影響を与える気候関連のリスクと機会は、脱炭素社会の構築に必要な政策や規制の強化および市場の変化等の「移行」に関するものと、地球温暖化による急性的・慢性的な「物理的変化」が考えられます。また、「2050年までにカーボンニュートラル達成」という日本政府の方針の下、2025年2月には、GX2040ビジョン、第7次エネルギー基本計画、地球温暖化対策計画改訂が閣議決定されるなど、ビジネスモデルの変革や産業構造の転換が求められており、既に市場や社会環境の変化も生じています。
このような市場や社会の変化を踏まえ「移行」および「物理的変化」に関するリスクと機会を、それぞれ「調達」「直接操業」「製品需要」の各段階における事業への影響として抽出・分類し、その影響度、影響時期およびシミズグループの対応を分析しています。
2024年度は、採用シナリオの一部追加を行うとともに、分析結果及び最新の国内外情勢等も踏まえ、主な要因の事業への影響度、影響時期及び当社の対応の一部見直しを行いました。変更ポイントは以下の通りです。
- より新しく、野心的な目標を設定しているシナリオを参照するため、移行シナリオに、産業革命前と比べて今世紀末の気温上昇を1.5℃未満に抑えるシナリオ(NZE2050)を追加するとともに、炭素価格を見直し
- 上記シナリオの分析結果及び最新の国内外情勢等に基づき、影響度と影響時期などを見直し
- 削減貢献量の記載を追加
(1)採用シナリオ
「移行」と「物理的変化」に関するリスクと機会を検討するにあたり、以下の代表的なシナリオを採用しています。
- 移行シナリオ:国際エネルギー機関(IEA)が策定したシナリオのうち、
- 産業革命前と比べて今世紀末の気温上昇が2℃を十分に下回る水準に抑えるシナリオ(SDS)
- 産業革命前と比べて今世紀末の気温上昇が1.5℃未満に抑えるシナリオ(NZE2050)
- 物理的シナリオ:国際気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が策定したシナリオのうち、
- 産業革命前と比べて今世紀末の気温上昇が4℃を越えるシナリオ(RCP8.5)
- 炭素価格:130$/t-CO2から140$/t-CO2に変更
(2)シナリオ分析結果
影響度は、事業活動に与える財務的影響の相対的な大きさを想定してリスク及び機会で、それぞれ大中小の3段階で示しています。影響時期は、各リスクと機会が強く影響を及ぼすと考えられるタイミングを想定し、短・中・長期に分類しています。
シナリオ分析の結果、影響度が「大」となる要因は、移行リスクとして「脱炭素社会に向けた各種規制の強化」、移行機会として「省エネルギービルのニーズ拡大」「再生可能エネルギーのニーズ拡大」、物理的リスクとして「夏季の平均気温上昇」「気象災害の頻発・激甚化」、物理的機会として「国土強靭化政策の強化」「気候変動による市場の変化」の計7項目を選定しました。
「脱炭素社会に向けた各種規制の強化」は、建物ライフサイクルでのCO2情報開示制度化等の動向を踏まえると、規制強化による新築ビル需要の減少は、中期的には大きなリスクといえますが、一方で短中期的には「省エネルギービルのニーズ拡大」という段階も想定されます。実際にZEBのニーズは年々高まってきており、当社は豊富なZEBの設計施工や認証取得実績を元に、サステナブル・リノベーションによる改修ZEBを含めて、普及・拡大に貢献していきます。
「再生可能エネルギーのニーズ拡大」は、シミズグループにとって大きな事業機会と認識しています。当社は再生可能エネルギーの中でも発電規模や安定性の面から、期待の高い洋上風力発電に着目し、洋上風力施設の建設に使用する専用のSEP船※「BLUE WIND」を保有しています。「BLUE WIND」は、世界有数の作業能力を備えるともに、日本の厳しい海象条件にも適用できる仕様となっています。海外の発電事業者及び工事請負企業と定期傭船(賃貸)契約を締結し、2025年3月より台湾彰化沖のハイロン(Hai Long)洋上風力発電所建設工事で稼働中です。今後も、アジア市場での運用機会も拡大し、日本市場と併せてフル稼働を目指しています。
また、昨今の再生可能エネルギーの需要拡大に伴う陸上風車の高層化・大型化に対応すべく、IHI運搬機械(株)、グループ会社の(株)エスシー・マシーナリと共同で専用の移動式タワークレーン「S-Movable Tower crane」を開発しました。自立式タワークレーンでは国内最大・最高性能(2024年6月時点)を誇り、5~6MWクラスの大型陸上風車の建設に対応可能です。
SEP船:Self-Elevating Platform船の略称で、自己昇降式の作業船
「夏季の平均気温上昇」は、労働環境の悪化やそれに伴う技能労働者の不足の更なる深刻化、労働災害などに繋がる重大な課題として認識しており、シミズグループでは「ロボット等の活用による現場の省人化と生産性向上の推進」や「働き方改革等の実現による労働環境の改善」等の対策をとっています。
「気象災害の頻発・激甚化」は、2024年の地球は観測史上最も暑く、産業革命前からの気温上昇が初めて1.6℃になったという事象や、特にゲリラ豪雨の頻発、増加が認識されていること等を踏まえ、現場仮設計画や現場操業における防災対策はもちろんのこと、サプライヤーとの連携強化に努めてまいりますが、資材や労務等の調達困難や工期への影響については、業界団体を通じた発注者の理解促進が必要と考えています。
「国土強靭化政策の強化」はインフラ整備事業の拡大という面で大きな事業機会と認識しており、引続き受注活動を強化するとともに、災害が発生した場合の復興需要への対応に向けた機動的な体制づくりにも努めています。
「気候変動による市場の変化」を事業機会として享受すべく、短期的には既存建物の水害タイムライン防災計画策定支援など、中長期的には海面上昇を見据えた浮体構造技術の開発、また、衛星データを活用した二酸化炭素モニタリングの事業化に向けて取り組む宇宙スタートアップ企業への出資等、さまざまな視点で取組みを進めています。
2024年からのTNFD提言に基づく情報開示を踏まえて、「気候関連の主なリスクと機会」について、自然関連の影響も検討し、下表の右の列に記載しています。気候関連で機会と捉えていたものでも、自然関連の側面ではリスクとなり得るものや、逆に気候関連でリスクと捉えていたものでも、自然関連の側面では機会となるものや、気候関連のリスクや機会が、自然関連の側面でも同様にリスクや機会であるものが確認できました。気候関連と自然関連の両面を重要な経営課題の1つと捉え、それぞれのリスクの軽減と機会の最大化に取り組んでいきます。
(3)財務的影響の試算
1) 排出量削減の財務的価値
Scope1,2削減施策によって、CO2排出量削減目標を達成した場合の財務的価値を定量的に評価しました。下表に示すとおり、2024年度目標ベースで273百万円、2035年度で4,072百万円となります。
この金額は、逆の見方をすれば目標を達成できなかった場合の追加コストともいえますが、当社は既にScope1,2の削減施策を推進していることから、目標は達成できる見込みです。なお、これまでの削減施策にかけたコストは、今回の試算に用いた炭素価格、140$/t-CO2(円換算1$=150円)よりも低い水準です。
- Scope1削減施策:
-
2024年度に東京都が公募した「バイオ燃料活用における事業化促進支援事業」に採択されました。建設現場での建設機械の燃料に100%バイオ燃料を導入し、通常軽油との差額が補助金として交付される予定です。
- Scope2削減施策:
-
2024年度以降、新規着工する国内工事現場から使用電力を100%再生可能エネルギー由来電力とし、2030年度までに建設工事に関わる電力由来のCO2排出量ゼロの達成を目指します。将来的には海外やグループ会社の工事現場にも適用を目指します。
分類 | 2023年度 | 2024年度目標を達成した場合 | 2035年度目標を達成した場合 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
基準排出量 (t-CO2) |
目標排出量 (t-CO2) |
削減量 (t-CO2) |
金額換算※2 (百万円) |
目標排出量 (t-CO2) |
削減量 (t-CO2) |
金額換算※3 (百万円) |
|
Scope1+Scope2 | 325,340 | 312,326 | 13,014 | 273 | 131,426 | 193,914 | 4,072 |
- 対象範囲:シミズグループ国内外連結
- 2024年度:13,014 [t-CO2] × 140 [$/t-CO2] × 150 [円/$] = 273百万円
- 2035年度:193,914 [t-CO2] × 140 [$/t-CO2] × 150 [円/$] = 4,072百万円
2) 削減貢献量の財務的価値
当社の技術や設計施工案件でのCO2削減努力のうち、Scope1,2,3にはカウントされないものを、当社にとっての「削減貢献量」と定義し、そのうち以下の2つの取組みに関して、「削減貢献量」及びその財務的価値を算出しました。
- 省エネルギー建物の推進:
-
2024年度に建築確認申請を行った設計施工案件(ZEBをはじめとする省エネルギー建物の推進)と、2013年度時点の法基準に合致した標準的な建物との省エネルギー性能比較
- 風力発電施設の建設:
-
2024年度に竣工・引渡しした風力発電施設で発電される電力と、化石燃料由来電力とのCO2排出量比較
ケース | 削減貢献量 [t-CO2] | 財務的価値(百万円)※6 | |
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削減貢献量 (2024年度実績) |
省エネルギー建物の推進 | 602,600※4 | 12,655 |
風力発電施設の建設 | 4,949,400※5 | 103,937 |
- ※4 標準的な建物との比較での削減量;12,052t-CO2/年×50年(運用年数)
- ※5 年間予想発電量; 565 [GWh/年] ×平均運用年数;20 [年] ×全国平均排出係数;0.438 [t-CO2/MWh]
- ※6 財務的価値=削減貢献量 [t-CO2] ×140 [$/t-CO2] ×150 [円/$]
リスク管理
当社グループは、全社的なリスク管理体制及び管理プロセスを通じて、「気候変動リスク」を主なリスクの一つとして捉えた上で、グループ環境ビジョン「SHIMZ Beyond Zero 2050」のもと、気候変動をはじめとする環境に関連する事業リスクの最小化と機会の最大化を目指しています。
サステナビリティ委員会において、気候関連のリスクについて審議され、重要事項は取締役会に報告、リスク対応の施策等は、全社及びグループ会社に伝達されております。また、本委員会では、地球温暖化に対するリスク管理の一環として、事業によるCO2排出量の削減目標を設定し、目標を達成するための具体的な施策(建設作業所における使用エネルギーの軽油から電力へのシフト、再生可能エネルギー由来電力の使用拡大等)を決定するとともに、CO2排出量の定期的監視を実施しております。これらのリスク管理を通じて、今後、多様化・広域化・激甚化する気候変動に関するリスクに対処していきます。
指標と目標(国内外連結ベース)
当社グループでは、気候関連のリスクが経営に及ぼす影響を評価・管理するため、CO2総排出量を指標とし、SBT※に基づいた中長期のCO2削減目標(SBTイニシアティブから認証を取得)を設定しております。現在の目標がWB2.0℃目標(2℃を十分に下回る水準)に基づいたものであるため、現在、1.5℃目標に基づき見直すとともに、SBTの再認証取得手続きを行っております。
SBT:Science Based Targets(科学的根拠に基づく目標)
世界の平均気温の上昇を「1.5℃未満」に抑えるための、企業の科学的な知見と整合した温室効果ガスの排出量削減目標
対象Scope | 基準年排出量 | 排出量実績 | 目標年排出量 | ||
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2023年度 | 2024年度 | 2024年度 | 2035年度 | 2050年度※3 | |
Scope1+Scope2 | 325,340 | 299,138※2 (▲8%) |
310,328 (▲4%) |
127,696 (▲61%) |
0 (▲100%) |
Scope3 (Category1+11※1) |
9,451,379 | 算定中 | - | 5,818,505 (▲38%) |
0 (▲100%) |
- Scope3 Category1:(購入した製品・サービス)建設資材の製造工場等でのCO2排出量
Scope3 Category11:(販売した製品の使用)施工したビルの運用時CO2排出量 - 第三者保証取得前の暫定値
- SBT目標は▲90%。残余排出量はCDR(Carbon Dioxide Removal、二酸化炭素除去)技術等で相殺予定