
まだこの世にないものを
チームで生み出す。

下肢障がい 劉 銘崇 りゅう めいすう
- 2005年度入社
-
技術研究所 安全安心技術センター
免震・制振グループ

自分のキャリアを活かす、
研究への道。
台湾で生まれ育った私は、一人でよくブロックで建物を作って遊んでいました。右足に障がいがあり、自分だけで外出することが難しかったんです。それでも時々外出する際は、自然や建物、寺院などを眺めるのが好きな少年でした。 学生時代は建築領域を学び続け、博士課程に進むタイミングで東京の大学に入り、そのまま日本の橋梁を専門にするコンサル会社に就職しました。その後、専門分野である構造力学の知見をより活かしたいと転職活動を始めるものの、障がいがあるせいなのか、紹介されたのは別領域の職種ばかり。 日本で専門性を活かして働くのは難しいかもしれないと悩んでいた矢先、当社(清水建設 技術研究所※)研究職の募集を見つけ、すぐに応募しました。不安を抱いていた通勤に関しても、採用担当の方が、「どうしたら無理なく働けるのか」を親身に考えてくれたんです。ここでなら周りと協力して新しいものを作れると感じました。
業界に先駆け1944年に設置。当社の研究開発の拠点であるとともに、開発技術の実証や情報発信の場にもなっています。
現在は、技術研究所の主任研究員として、地震の揺れを軽減する免震システムの研究をしています。免震システムは、建物とその中で過ごす人々の生活や命に直結する重要なもの。特に地震大国の日本では、諸外国と比べて高度な技術の開発が求められているんです。どれくらい揺れを軽減できるのか。耐久性や検証方法はどうするのか。そのために日々研究に取り組んでいます。

新しい成果は、
一人では生まれない。
私の研究は、前例がないものが多いため、手探りで進める部分が必然的に多くなっていきます。
素材同士の組み合わせ、必要な準備、想定される結果など。ありとあらゆる選択肢から「ベストなものを見つけ出す」作業では、期待していた結果が出ないのはよくあること。
グループ内でさまざまな角度から議論・検討し、それぞれが役割に責任を持って取り組む。トライ&エラーを繰り返し、ようやく一つのヒントや期待していたデータが生み出されるんです。一人でできることなど何もありません。私たちの研究も建設現場と同じで、「チーム」として挑戦して初めて新しい景色が見えてくるんです。この「チーム」の重要性は、管理職になってより意識するようになりました。
コロナ禍以降、在宅勤務やリモートでの対話が増えましたが、チーム間の連携や実験、対面でのコミュニケーションが必要な際は出社します。その際は技術研究所の最寄駅から研究所までシャトルバスが運行しているので、ストレスなく出社できています。また、研究所とは別の場所に向かう際はタクシー利用も可能です。 移動による身体への負担を軽減できるため、コンディションを崩すことなく、打ち合わせや実験などに向き合うことができるんです。環境を整えてもらって発揮する自分の力を、チームに貢献、ひいては会社全体に役立つように貢献していきたいですね。

もっと、人に優しい構造物を。
ふと気がつけば、自分よりも年上の方が少なくなってきました。今後はグループ内や若手社員の力になりたいと考えています。研究を始めたばかりの頃は、自分の専門知識やスキルをどうやって磨けばいいのか悩むもの。私も苦労した一人です。これまで自分が身に付けてきた技術や知識、考え方を伝えながら、サポートしていければいいですね。すぐに結果に結び付かなくとも、どこかで役に立つときが来ることを信じて、私にできることは伝えていきたいです。
もう一つ力を注いでいきたいのは、障がい者向け避難システムの研究です。障がい者視点でみると、現在の避難システムは、まだまだ改良の余地があると思っています。私は足が悪いので、階段を使用するのが難しい。しかし災害時にエレベーターを使うことはできません。階段で避難する方は大勢いるため、他の方を待ってから移動を始めることになります。これではとうてい避難に間に合わない。あくまで一例ですが、このような状況を少しでも改善したいんです。 この研究メンバーは、社内のさまざまな部署から集められており、多角的な視点が期待できます。障がいのある当事者として、私が役に立てることはまだまだあるはず。障がいがある方もそうでない方も、安心して避難できる「人に優しい構造物」を作り上げていきたいですね。
※ 2024年9月時点の掲載内容になります。
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