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会社概要

社名
清水建設株式会社(英文社名 SHIMIZU CORPORATION)
本社
〒104-8370 東京都中央区京橋二丁目16番1号
TEL.03-3561-1111(代表)
取締役社長
井上 和幸(いのうえ かずゆき)
創業
1804年(文化元年)初代 清水喜助による
資本金
743.65億円
従業員
10,728人(2017年4月1日現在)
事業内容
建築・土木等建設工事の請負(総合建設業)
建設業許可:国土交通大臣許可
(特-26)第3200号
(般-26)第3200号

当社紹介映像「ものづくりの伝承と挑戦 ~清水建設~」

アクセス

本社地図
住所
〒104-8370 東京都中央区京橋二丁目16番1号
TEL.03-3561-1111(代表)
最寄駅
  • 都営浅草線 宝町駅(A8出口)隣接
  • 東京メトロ銀座線 京橋駅(6番出口) 徒歩5分
  • JR線 東京駅(八重洲南口出口) 徒歩10分
  • JR線/東京メトロ日比谷線 八丁堀駅(A3・A5出口) 徒歩10分

沿革

1804年
初代清水喜助 江戸・神田鍛冶町で創業
1937年
株式会社清水組設立
1948年
清水建設株式会社に社名変更
1962年
東京証券取引所市場第1部に上場
1991年
東京・港区にシーバンスが完成し、本社を京橋から移転
2003年
創業200年
2012年
東京・京橋に新本社完成

清水建設の歩みと、いま、そしてこれから

清水建設の創業は1804年。越中富山の大工であった初代清水喜助が江戸・神田鍛冶町で開業したことに始まります。初代喜助が創業当時から目指したのは、「誠心誠意、心を込めて仕事に取り組み、良いものをつくって信頼されること」。そして今、清水建設は、お客様、そして社会のニーズに応えるため、常に新しい知識や技術を追究しています。

1804-1945 当社の基礎が築かれた創業から終戦まで

シミズの礎を築いた初代清水喜助と二代清水喜助

1804年、江戸で開業した初代喜助は、優れた技量が認められ江戸城西丸造営に参加。二代喜助は、1868年に日本初の本格的洋風ホテル「築地ホテル館」を設計施工するなど、進取の精神と高い技術力によって当社の基礎を築きました。

古来からの職人の技を受け継ぐ東京木工場を開設

1884年、現東京都江東区木場に木材切組場(現東京木工場)を開設。木工に関する自社工場があるのは、大手建設業では当社だけです。

初代清水喜助
初代 清水喜助
二代 喜助
二代 喜助

建設業界初、製図場の誕生

西洋建築の製図(設計)ができる人材養成を狙いとして、1887年頃、現在の設計部の起源となる製図場を設置しました。

建設業界初の研究開発組織を設置

戦前から技術開発に力を入れていた当社では、第2次世界大戦中の1944年、設計部内に研究課を設置。これが業界として初の技術研究組織となりました。

業界初の技術研究組織
業界初の技術研究組織

1946-2000 技術革新と先端技術への挑戦

前例のない吊り屋根構造に挑戦—国立屋内総合競技場

1964年開催の第18回オリンピック東京大会のために建てられた同競技場。複雑な曲面を持つ外観の施工には、当時世界でもあまり類を見ない吊り屋根構造が採用されました。

国立屋内総合競技場
国立屋内総合競技場

エネルギー新時代の先駆け、日本初の地下式LNG貯槽タンクを建設

エネルギーのクリーン化を背景に、1970年、日本初の地下式LNG貯槽タンク(容量1万kl)を東京ガス根岸工場で施工しました。

日本初の地下式LNG貯槽タンク 東京ガス根岸工場
日本初の地下式LNG貯槽タンク
東京ガス根岸工場

日本初の免震レトロフィットで国立西洋美術館本館を改修

ル・コルビュジエの設計、当社の施工により1959年に竣工した同美術館本館を、1998年に日本初となる免震レトロフィット工法で改修。コルビュジエによるオリジナルデザインを守りながら、耐震性能の確保を実現しました。

国立西洋美術館
国立西洋美術館

2001~ 建設業の未来に向けて

日本初のゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)を実現—生長の家“森の中のオフィス”

2013年、山梨県北杜市で、地域特性に応じた自然エネルギーを最大限に活かしたゼロ・エネルギー・ビルを実現。2018年には中層ビルのZEB化を目指しています。

強くしなやかで、人と環境にやさしい施設・まちづくり

2012年にオープンした京橋本社ビルを核に、京橋地域をスマートコミュニティ化。「京橋スマートコミュニティ協議会」を設立し、ISO22301(事業継続マネジメントシステム)とISO50001(エネルギーマネジメントシステム)を国内で初めて地域単位で取得しました。

京橋スマートコミュニティ
京橋スマートコミュニティ