清水建設の創業は1804(文化元)年。越中富山の大工であった初代清水喜助が江戸・神田鍛冶町で開業したことに始まります。初代喜助が創業当時から目指したのは、「誠心誠意、心を込めて仕事に取り組み、良いものをつくって信頼されること」。そして今、清水建設は、お客様、そして社会のニーズに応えるため、常に新しい知識や技術を追究しています。

- 社名
- 清水建設株式会社
- 英文社名
- SHIMIZU CORPORATION
- 本社
- 〒104-8370 東京都中央区京橋二丁目16番1号
TEL.03-3561-1111(代表) - 取締役社長
- 井上 和幸(いのうえ かずゆき)
- 資本金
- 743.65億円

建設事業
非建設事業
2023年9月1日現在
当社紹介映像

シミズの今
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アクセス

- 住所
- 〒104-8370 東京都中央区京橋二丁目16番1号
TEL.03-3561-1111(代表) - 最寄駅
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- 都営浅草線 宝町駅(A8出口)隣接
- 東京メトロ銀座線 京橋駅(6番出口) 徒歩5分
- JR線 東京駅(八重洲南口出口) 徒歩10分
- JR線/東京メトロ日比谷線 八丁堀駅(A3・A5出口) 徒歩10分
沿革
- 1804(文化元)年
- 初代清水喜助 江戸・神田鍛冶町で創業
- 1937(昭和12)年
- 株式会社清水組設立
- 1948(昭和23)年
- 清水建設株式会社に社名変更
- 1962(昭和37)年
- 東京証券取引所市場第1部に上場
- 1991(平成3)年
- 東京・港区にシーバンスが完成し、本社を京橋から移転
- 2003(平成15)年
- 創業200年
- 2012(平成24)年
- 東京・京橋に新本社完成
清水建設の歩みと、いま、そしてこれから
1804-1945(文化元年ー昭和20年) 当社の基礎が築かれた創業から終戦まで
シミズの礎を築いた初代清水喜助と二代清水喜助
1804(文化元)年、江戸で開業した初代喜助は、優れた技量が認められ江戸城西丸造営に参加。二代喜助は、1868(慶応4)年に日本初の本格的洋風ホテル「築地ホテル館」を設計施工するなど、進取の精神と高い技術力によって当社の基礎を築きました。
古来からの職人の技を受け継ぐ東京木工場を開設
1884(明治17)年、現東京都江東区木場に木材切組場(現東京木工場)を開設。木工に関する自社工場があるのは、大手建設業では当社だけです。


建設業界初、製図場の誕生
1887(明治20)年頃、西洋建築の製図(設計)ができる人材養成を狙いとして、現在の設計部の起源となる製図場を設置しました。

1946-2000(昭和21年—平成12年) 技術革新と先端技術への挑戦
前例のない吊り屋根構造に挑戦—国立代々木競技場
1964(昭和39)年開催の第18回オリンピック東京大会のために建てられた同競技場。複雑な曲面を持つ外観の施工には、当時世界でもあまり類を見ない吊り屋根構造が採用されました。

エネルギー新時代の先駆け、日本初の地下式LNG貯槽タンクを建設
1970(昭和45)年、エネルギーのクリーン化を背景に、日本初の地下式LNG貯槽タンク(容量1万kl)を東京ガス根岸工場で施工しました。

東京ガス根岸工場
日本初の免震レトロフィットで国立西洋美術館本館を改修
1959(昭和34)年にル・コルビュジエの設計、当社の施工により竣工した同美術館本館を、1998(平成10)年に日本初となる免震レトロフィット工法で改修。コルビュジエによるオリジナルデザインを守りながら、耐震性能の確保を実現しました。

2001(平成13年)~ 建設業の未来に向けて
日本初のゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)を実現—生長の家“森の中のオフィス”
2013(平成25)年、山梨県北杜市で、地域特性に応じた自然エネルギーを最大限に活かしたゼロ・エネルギー・ビルを実現。2018(平成30)年には中層ビルのZEB化を目指しています。
強くしなやかで、人と環境にやさしい施設・まちづくり
2012(平成24)年にオープンした京橋本社ビルを核に、京橋地域をスマートコミュニティ化。「京橋スマートコミュニティ協議会」を設立し、ISO22301(事業継続マネジメントシステム)とISO50001(エネルギーマネジメントシステム)を国内で初めて地域単位で取得しました。

次世代建築生産システム「シミズ・スマート・サイト」を開発
2018(平成30)年、最先端技術を搭載した自律型ロボットが、人と協働しながら工事を進めるシステム「シミズ・スマート・サイト」を現場に本格導入。労働環境を改善し、生産性を向上させるとともに、若者が「働いてみたい」と感じるような魅力ある現場の実現を目指しています。
