第31回 「住宅建築圖集(ずしゅう)」と「ホテル建築圖集」

1858(安政5)年に結ばれた日米修好通商条約によって横浜、神戸などが開港すると、日本に西洋文化が一気に流入しました。この影響を受け、生活様式は次第に洋風へと変化し、住宅や宿泊施設に近代洋風建築が取り入れられるようになりました。
生活様式の近代化が進んだ明治期から昭和初期にかけて、当社は数多くの個人住宅やホテル建築を手掛け、作品集を刊行しています。

住宅建築の発展を記す作品集

個人住宅をまとめた「住宅建築圖集」は、1935(昭和10)年に刊行されました。A4サイズの布装製本で、1906(明治39)年から1934(昭和9)年に竣工した住宅197件と、ホテル・旅館、料亭7件を収録しています。外観・内観写真、平面図など詳細に掲載していますが、建物概要では個人情報に配慮をして、所在地の詳細を記さず、名称を「S氏邸」のようにイニシャルで表記しています。

1939(昭和14)年には、続編となる第二輯(しゅう)を刊行。1934(昭和9)年から1938(昭和13)年に竣工した住宅165件が収録されました。

作品の多くは、洋風住宅もしくは和風住宅の一角に洋館を構えた和洋折衷様式で、当社が明治時代から取り組んできた近代洋風建築の技術と意匠が生かされています。

当時の社長清水釘吉(ていきち)は、近代化の途上にある住宅建築の施工技術や設備の発達に、当社の事例が供されることを願っていました。その思いを、第一輯の序文の中に次のように記しています。

「住宅建築は今が過渡期であります。欧米の建築を其儘(そのまま)模倣して満足出来ず、従来の和風建築の儘(まま)にても亦満足の出来ない立場であります。(中略)図集に編纂することを得ました事は、(中略)完全なる住宅建築の発達を期し、設計並に施工上好個の資料に供せんとするものであります。」

  • 「住宅建築圖集」掲載作品
    松平賴寿別邸【現・披雲閣】(1917(大正6)年竣工)、下村正太郎邸【現・大丸ヴィラ】(1932(昭和7)年竣工)ほか

「住宅建築圖集」表紙(右)と、根津嘉一郎別邸【現・起雲閣】(左)(圖集では「N氏別邸」と表記)

最も早くから力を尽くしたホテル建築

「住宅建築圖集」第一輯発行の翌年、当社が手掛けたホテル・旅館をまとめた「ホテル建築圖集」が刊行されました。装丁は「住宅建築圖集」と同様で、1915(大正4)年から1935(昭和10)年に竣工したホテル15件と旅館16件を収録しています。

建物の多くが建替えられるなどして現存していないため、外観・内観写真、平面図から竣工当時の姿をうかがい知ることができる貴重な資料です。

序文の中で、ホテル建築は「当社が施工した諸種の建築の中で最も早くから力を尽したもの」として記されています。

当社のホテル建築のはじまりは、二代清水喜助が手掛けた築地ホテル館です。日本で初めての本格的洋風ホテルに取り組むこととなった二代喜助は、自身の創造力と技術力を駆使して建設に当たりました。以来、当社は時代の進歩に合わせ、最新のホテル建築の機能やニーズに応えるべく、施工技術と知識を深め、数多くの建設に携わってきました。

関東大震災復興のシンボルとなったホテルニューグランド、内装にスパニッシュ建築を盛り込んだ京都ホテル、国際観光ホテルとして計画された琵琶湖ホテルなど、掲載する作品はいずれも当社の代表作といえるものばかりです。

  • 「ホテル建築圖集」掲載作品
    京都ホテル(1928(昭和3)年竣工)、琵琶湖ホテル(1934(昭和9)年竣工)ほか

「ホテル建築圖集」表紙(右)と、ホテルニューグランド(左)