特集1 技術継承と人財育成

シミズグループでは持続的成長のため、品質・安全・コスト・工程に徹底的にこだわるという「原点回帰」により、お客様に信頼されるものづくり「シミズブランド」の確立を目指しています。そこで、宮大工として伝統建築技術を継承する第一人者、山本信幸さんをお迎えし、ものづくりの道を歩む者同士で、互いの原点をはじめ、技術継承や人財育成などについて語り合いました。

山本信幸氏、新村達也
  • 清水建設株式会社
    代表取締役社長
    新村達也
  • ×
  • 首里城正殿復元整備工事 総棟梁
    株式会社社寺建 代表取締役会長
    山本信幸氏

これが令和の建物だと胸を張れるように

新村:当社は今年で創業222年目となります。創業時から「出入り大工の精神」などの基本姿勢、そして渋沢栄一翁の教えである「論語と算盤」の理念を大切にしてきました。これらを実践し、お客様に信頼されるものを提供してきたことで、長い歴史を築くことができた。この信頼こそがシミズブランドであり、今後も守り続けていくべき大切な価値です。特に「進取の精神」は非常に重要なキーワードです。現状に満足せず、常に新しいものに挑戦し続けることを忘れてはいけません。

山本:われわれの仕事には千何百年前から脈々と受け継がれてきた技術、先人がつくった手本となる建物があります。時代ごとに大陸の影響や新たな技術を取り入れ、当時の最先端の建築をつくってきた結果が今に残る伝統建築です。そうなると、われわれもこれが令和の建築だと誇れるものがつくれないと、先人に恥ずかしいという気がします。

現代は機械力や技術力が向上しています。平成の首里城の復元では手描きの図面を使っていましたが、令和の復元ではほとんどCAD(コンピュータ上で図面を作成する設計ツール)を使用しています。現存する重要文化財や国宝のより深い情報を記録するうえで非常に有効な、対象物にレーザを当てて点で形を再現する3D点群データ測量も活用しています。最先端の技術を適切に取り入れながら伝統をつなぐことが、ますます重要だと考えています。

新村:私も何度か現場を拝見しました。本現場は、「見せる復興」をコンセプトに掲げていましたが、皆さん大変な仕事を整然かつ粛々と進められていました。まさに職人の仕事をしている光景に感心しました。

山本:一般の方に加えて報道もたくさん入る中で、職人には「仕事の姿勢も含めてどこを切り取られてもいいように」と伝えてきました。「当たり前のことを当たり前にやろう」と皆で掲げて実践してきた結果、職人の技術だけでなく、安全に対する意識も向上しました。

新村:そうした意識が備わり、成長した職人さんもいますか。

山本:そうですね。技術は2年やそこらで飛躍的に向上するわけではないですが、仕事に対する姿勢が若手の頃に備わったのは、大きいことだと感じます。

令和の復元では、最盛期で40人弱の大工が入っており、そのうち約40%を20〜30代の若手で構成しました。あれだけの大建築を経験する機会は貴重なので、次の時代に向けた人財育成の場にしたかったのです。不幸にも平成で復元した建物は焼失しましたが、逆にこれをチャンスと捉え、伝統建築を支える若手の育成も大きなテーマに掲げながら、前回の仕事を超えられるよう取り組んでいます。

岩本 保

お客様の思いを知りより良いものづくりを

新村:伝統建築や宮大工の仕事の醍醐味は何だと考えますか。

山本:伝統建築では数百年残ることを見越して建物をつくる。そこには伝統をつなぐという歴史的な奥行きがあると考えています。また、宮大工の仕事は一人では成り立たず、よりチームワークが重視される点も醍醐味ですね。

新村:山本さんの話を聞いて興味深いと思ったのは「頂点が見えない奥深さ」。未知への期待や魅力が原動力なんですね。

山本:常にわくわくしていたい性分なんです。最初の頃の何も分からない状態から、やり始めると自分が知らないことが増えていく。それを調べたり、研究したり、技を磨いたりする時間のわくわく感が私を支えてくれています。また、建築主から建物の歴史や意義、思いをお聞きし、それを理解して取り組むのと、そうでないのとでは大きな違いが生まれると学びました。

新村:わくわく感は大事ですよね。また、「建築主の思いを知る大切さ」は私も同感です。図面だけでは伝わらない建築主や設計者の思いを理解したうえで仕事を進めるのと、そうでないのとでは、違いますよね。

山本:大きく異なりますね。特に社寺建築では、建築主の宮司さんや住職さんが多くを語らないこともあるため、思いを深く探り、本心を聞き出すことがより重要だと考えています。

新村:まさに設計や計画の初期段階で十分な検討を行い、後工程での手戻り削減を図るフロントローディングやつくり込みと通じますね。お客様の思いを知り、自身の経験をもとに提案することで、結果的により良いものが生まれるのだと思います。

山本信幸氏
株式会社社寺建 代表取締役会長 棟梁
文化財建造物木工主任技能者 日本伝統建築棟梁

地元・福井の朝倉遺跡武家屋敷や福井城をはじめ、函館の五稜郭、奈良の薬師寺などの工事を担当。2009年会社設立後、5期目の歌舞伎座復元工事では現寸図の意匠決め、清水建設の「温故創新の森 NOVARE」にある旧渋沢邸では洋館の移築に携わる。首里城に関しては、約30年前の平成の復元に副棟梁として参加。令和の復元では総棟梁を務める。

人を育てるには、人と向き合うことが大切

山本:私が人財育成で心掛けているのは、基本的に口を出さずに任せることです。ここまで到達してほしいという目標は伝えますが、それに至るアプローチの仕方は自分で悩んでくれればいいなと。当然、失敗もしますが、その時のサポートや各所に頭を下げるのはこちらの役目です。また、失敗からのリカバリー方法も彼ら自身に考えさせることで、自分の足で立ち、歩いていける土台ができるのではと思います。

新村:結局、会社や現場というのは人で成り立っているんですよね。技術継承と人財育成は当社にとって最も重要な柱ですが、専門的な知識や技術だけでなく、コミュニケーションを取りながら仕事や人との向き合い方、マインドの部分をきちんと次の世代につなぐことが大事だと思います。

コミュニケーションでは、自分の考えを伝えることも大事ですが、相手がどうしたいのか、どう考えているのかを聞く、あるいは想像することが大事だと思います。一方的に伝えるだけではコミュニケーションといえません。相手の立場になり、聞く力を持つことが大切ですね。

伝統を礎に、未来を切り拓く

新村:私は、社長就任以来「原点回帰による『シミズブランド』の確立」を掲げていますが、原点回帰はただ過去に戻ることではなく、220年超、当社が培ってきたものに現代の技術を取り入れながら発展させていく、まさに未来志向のプロセスです。品質、安全、コスト、工程、環境などのものづくりへのこだわりを通じて、これからもお客様から信頼され続けていくことが、われわれが目指すべきところであり、これを持続的に発展させることが私に課せられた使命だと思っています。

山本:御社には、伝統建築の専門部署に加え、ゼネコンで唯一保有する東京木工場を活用しながら、伝統建築の技術やノウハウを組織的に蓄積・継承する強みを持ち続けてほしいと願っています。この環境があるからこそ、伝統建築の価値が次世代へ確実に受け継がれていくのだと思います。一方で、あえて申しあげると、社風が非常に真面目なのは良い面でもありますが、技術的に不可能と思われる仕事などに対して単にできないと諦めるのではなく、ある一定の条件ではもう少し踏みこんで土俵に上がる積極性があってもいいのかなと感じます。

新村:ありがたいご指摘で、まさにその通りだと思います。当社の真面目な社風は良いところでもありますが、そこから一歩踏み出してプラスアルファの提案をしていくこともこれからの課題だと認識しています。山本さんのお話から多くのヒントをいただきました。何よりも大きな挑戦と成長の機会に満ちた仕事をしたいという山本さんの思いには私も同感です。本日は、貴重なお話をありがとうございました。

東 佳樹

先端技術を取り入れながら伝統をつなぐ首里城正殿の復元

首里城正殿
工事名称 首里城正殿復元整備工事
所在地 沖縄県那覇市首里当蔵町3-1
工事期間 2022年10月~2026年9月
発注者 内閣府沖縄総合事務局 開発建設部
設計・監理 株式会社国建
施工者 清水・國場・大米特定建設工事共同企業体
構造・規模 正殿 木造3F、建築面積 637m2、延床面積 1,199m2

当社、3回目の首里城の工事

当社は今から約100年前に行われた「昭和の大修理」の時から首里城の工事に携わっており、今回が3回目となります。

昭和の大修理では、工事を計画通りに進めるため、沖縄の台風にも耐えられる構造の素屋根を設置することとなり、当社がその施工を担当しました。その後、第二次世界大戦の戦禍により焼失。沖縄県の本土復帰20周年にあたる1992年、「平成の復元」により再建されました。

しかし、2019年10月に再度焼失し、現在「令和の復元」が行われています。いずれの工事にも、各時代で当社の持てるあらゆる伝統技術と先端技術を注いできました。

2019年10月31日未明に被災した9棟。当社が復元整備工事を手掛ける首里城正殿(中央)
2019年10月31日未明に被災した9棟。当社が復元整備工事を手掛ける首里城正殿(中央)
提供:内閣府 沖縄総合事務局 国営沖縄記念公園事務所

ものづくりの素晴らしさを多くの人に伝えたい

建設業が持続的に発展していくためには、品質の追求や技術の継承、それを担う人財の育成が不可欠です。首里城正殿の復元工事では、職人と従業員が一体となってつくっている姿を多くの方に見ていただくことで、ものづくりの素晴らしさや誇り、やりがいを伝えてきました。こうした取り組みにより、若い人に建設業の魅力を知ってもらい、次世代につなげていきたいと考えています。

川上広行
川上 広行
九州支店
首里城正殿復元整備工事
工事長

首里城正殿の復元へのあゆみ

首里城正殿の復元へのあゆみ

首里城正殿の復元は、建物を再建するだけでなく、人と技術を未来へつなぐ機会にもなりました。復元工事に込められた思いや取り組みを紹介します。

人財育成と伝統の継承

「見せる復興」で伝統技術を身近に

今回の復元工事では、できるだけ多くの人に、より近くで見てもらおうと発注者、公園管理者、工事業者が連携し、「見せる復興」が基本方針として計画されました。工事現場閉所日の工事エリアの一般見学、体験コーナーや伝統技術が近くで見えるコーナーの設置、メディアを活用した伝統工法の発信など、建設業や伝統技術に興味を持ってもらうことで、将来の建設業の発展につながることを期待しています。

来園者が伝統技術を間近で見られるコーナーを設置(写真は小屋丸太の手斧仕上)
来園者が伝統技術を間近で見られるコーナーを設置(写真は小屋丸太の手斧仕上)

先端技術と匠の技による精緻な復元

今回の復元では建物の骨格である木造骨組の建方精度の確保にこだわりました。建方精度を決める「仕口」「継手」の加工精度を向上させるために、3次元計測を行い、数値化、可視化することで加工精度の向上を図りました。また実際の建方時の柱などの建入れ精度を点群データ化し、建方精度の確認、修正を行い木造骨組の建方精度の向上を実現しました。

来園者が伝統技術を間近で見られるコーナーを設置(写真は小屋丸太の手斧仕上)
3次元計測の様子

伝統技術の継承を目的に多くの若手職人が参画

工事を進めるにあたり、平成の復元を経験した宮大工を探したものの、現役として活動している方はほぼいない状態でした。そこで、技術の継承のため、若手宮大工の参画が今回の重要なテーマとなりました。

まず社寺建築を手掛ける会社の協力のもと、日本全国から若手宮大工を招集。若手に加え中堅・ベテランの宮大工にも参画してもらい、同じ場所で作業をすることで、生きた伝統技術の伝承を図りました。

先輩から後輩へ技術を伝えている様子
先輩から後輩へ技術を伝えている様子

建物の悠久の安泰を祈念する工匠式

2022年11月の着工から18カ月、2024年5月には骨組、屋根、軒廻りの木工事がほぼ完了し、古式に倣い「工匠式」を執り行いました。工匠式は平安時代から続くとされる宮大工による伝統の儀式です。工事関係者約80名と見学スペースに集まった地元の方々、一般見学者の方たちと一緒に上棟を祝い、完成までの工事の安全、正殿の悠久の安泰を祈念しました。

槌打ちの儀(振幣役)
槌打ちの儀(振幣役)

沖縄県出身の職人、沖縄県産の材料を積極的に採用

若手宮大工の参画と併せ、将来を見据え首里城の種々の建物の維持、メンテナンスを念頭に沖縄県出身の職人も積極的に採用しました。

正殿の復元以降に行われる、焼失した他の建物の復元工事で主力となってほしいとの願いも込め、宮大工、瓦職人、漆塗職人など、できるだけ沖縄県出身者に入ってもらいました。

特に瓦職人、漆職人はほぼ県内出身者で構成しました。

塗装工事にあたった沖縄県立芸術大学卒業生と沖縄県工芸振興センター卒業生
塗装工事にあたった沖縄県立芸術大学卒業生と沖縄県工芸振興センター卒業生

また、材料も沖縄県産にこだわりました。「赤い王宮」といわれる首里城正殿の外壁の塗装顔料には、古文書に記された「()()()(ぎり)(べん)(がら)」が初めて採用されました。平成の復元時にもそのような記述があることは分かっていましたが、当時は弁柄顔料の詳細が解明されておらず市販の弁柄顔料が採用されました。今回採用された弁柄色は平成の復元時の弁柄色よりも深く落ち着いた色となっており、より往時の弁柄色に近づけることができました。

久志間切弁柄の塗装。外部塗装は最も多い箇所で27の工程がある
久志間切弁柄の塗装。外部塗装は最も多い箇所で27の工程がある

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