虎麻プロジェクトにビジネスを学ぶ 2022.09.12

DXは一日にして成らず

外装へのBIM活用

01 プロジェクト課題

複雑な形状の取り合い

「取り合い」という言葉は一般的ではないが、建築の世界では日常的に使われる。異なる部材の接点を意味し、設計者・施工者が特に苦労するポイントである。虎ノ門・麻布台プロジェクトは複数の設計者および世界的デザイナーが関わっている。彼らが思い描くものをどう美しく融合させつつ機能を担保するか、施工者の力量が問われる。
日本最大規模の建設現場であるA街区は、取り合いの数も日本一と言っても過言ではない。A街区はオフィス・住宅が入るタワーと低層の商業棟、学校棟で構成されており、タワーの南側エントランスには全長81mのガラス製の大庇が掛かり、タワーと商業棟をつなぐ。「タワーの柱から庇を吊る鉄骨が出ていますが、カーテンウォールとの取り合い調整は最も難しかったです」と構造工務を担当する細見。
東側に建つ学校棟は、タイルを打ち込んだPCカーテンウォールを主とした重厚感のある外装となっており、近未来的なガラスカーテンウォールのタワーとは対照的だ。かつてこの地に建っていた麻布郵便局のアール・デコ風のファサードをイメージしている。外装工務を担当する新川は「外装材が非常に重く、支持する鉄骨も大きくなるため、それらの取り合い調整に苦労しました」と言う。タワーと学校棟は寄り添うように建てられるが、この2棟の隙間を覆うようにスクリーンが設置される。「タワーと学校棟はデザイナーが異なるので、その間の取り合いをどのようなデザインに納めて着地させるのかが課題でした」と新川。このようにさまざまな箇所の取り合いが、プロジェクトの課題となっていた。

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02 ブレークスルー

BIMで関係者の思いをひとつに

こうした複雑な形状の取り合い調整で力を発揮するのがBIMだ。3Dモデルとしての形状情報だけに留まらず、各種建材のサイズや素材、組み立てる工程、設備機器の品番やメーカー、価格など、あらゆる情報を付加できる。設計から施工、維持管理に至るまで建築ライフサイクル全体で蓄積された情報を活用できる画期的なワークフローだ。BIMをマスターとして、あらゆる図面を連動させることで不整合を削減できるメリットがある。
ガラス大庇は2022年秋頃から工事が始まる予定だが、それを支持するタワーの鉄骨工事は2021年初旬に完了するため、製作を考慮すると2年以上前に図面を確定し、発注する必要があった。この難題を解決するために活用したのがBIMだ。「タワーは樽型の形状で、ガラス大庇は先端が反り上がった立体的な形状。3Dモデルがなければ確実な納まりは検討できません。そこでBIMによる検討を始めました」と細見は振り返る。まずは各社が作成したデータをひとつのBIMに統合することから始める。デザイナー作成の3Dモデルと、設計図をベースとした鉄骨フレームのデータ、協力会社が作成した外装および大庇の3Dモデルを一つに統合した。作成された統合モデルは海外デザイナー、鉄骨業者、中国のサッシ工場にも展開され、一気に議論が進んだ。
納まり検討の中で、カーテンウォールとガラス大庇鉄骨の干渉が可視化され、新たな要望も生まれた。「デザイナーから外装ラインの外側に出ていたプレートを内側に隠した方が美しいという意見が出ました」と細見。「従来は2Dの図面を見て、それぞれが完成形を思い浮かべながら議論をしていました。それだと合意を取っていても、作図が進んだ段階で新たな問題が浮かび上がり、変更が生じることもあります。BIMで関係者の認識のズレをなくし問題を先出しすることが、結果として協議の短縮につながります」と新川。あらゆる角度からの情報を正確に伝えられるBIMは、業種や国境を越え、プロジェクト関係者の思いをひとつにまとめていった。

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外装のカーテンウォールと吊り材を受ける
ブラケット

03 仕事の流儀

実を結びつつあるDX

学校棟においては、早くから清水建設社内でBIMを作成。機能を担保しながら、デザイナーのこだわりを実現するため、取り合いの検討に活用している。また、スクリーンというタワーと学校棟の新たな取り合いに対しても、外装の機能やデザインが損なわれないように、BIMを活用して双方のデザイナーと現在検討を進めている。「皆さんの想いをできるだけ汲み取って、最大限実現するのが、我々施工者の仕事であり、シミズの力の見せ所だと思っています」と新川。関係者の思いを吸い上げるのにBIMが役立っている。
清水建設はこれまで「Shimz One BIM」を掲げ、設計施工連携BIMの実用化を目指してきた。設計者が作成する構造図などの設計BIMデータを、施工から製作、運用に至る段階まで連携させることで業務効率化を目指す。BIMモデラーの研修体制も整えており、2017年入社で施工図を担当する茂木は、BIM育成プログラムの第一期生だ。2019年にA街区の計画グループに配属となり、仮設構台の検討を担当した。「着任当初は、掘削方法や構台の配置について、BIMで作成した4Dシミュレーションを見ながら理解を深めていきました。初めての経験でしたがBIMのおかげでイメージしやすく、スムーズに検討を進められました」と茂木。
実は新川は6年前、オフィスビルの現場でBIMを担当し、着工時に建物全体のBIM作成を完了させる「3D竣工」を目指したが達成できなかった過去がある。その悔しさをバネに、今回は鉄骨・外装・設備とさまざまなBIM活用にチャレンジ。「学校棟のBIMを内製化したのは、シミズの力でどこまでできるのか確かめたかったから」と新川。
かつては大規模現場でのBIM活用は困難とされ、自社での設計施工案件の方が容易であると考えられてきた。固定概念の壁を打ち破り、日本最大規模の虎ノ門・麻布台でもこのように積極的なBIMの活用が始まっている。この日本最大規模の建設現場で、会社として十数年にわたって蒔いてきたBIMの種がようやく実を結びつつある。
DXは一日にして成らず。長年の取り組みが評価され、清水建設は経済産業省と東京証券取引所にDX銘柄として2年連続で認定されている。

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04 まとめ

BIMの未来は始まったばかり

細見は今回がBIM初挑戦だった。「複雑な形状の納まりを検討するのに、BIMの有益性を実感しました。ただBIMをまだ3Dモデルとしてしか活かせていないのが実状です。今後はさらなる情報を付加した上で、どのように活かしていくのか、我々の仕事の仕方を含めてアプローチを変えていく必要があります」と語る。
現在、茂木はタワーの住宅階における躯体図・製作図を取りまとめている。昨今のBIM推進の中、3D作図が飛躍的に進歩してきているが、まだまだ従来通りの2D図面で進めている工事も多い。施工図担当としてBIMと2D図面の両方に対応できるようになる必要がある。「研修後初めて配属されたのが日本一の大規模現場。竣工に向けて忙しい毎日が続いていますが、ここで得た知識・経験を次の現場にも活かし、スキルアップしていきたい」と先を見据える。
「6年前に達成できなかったことが今回一定のレベルまで達成できました。シミズとしてはこれがスタンダードになるところまできています。ただ社内だけでなく、建築業界全体に浸透させなければDXが達成できたとはいえません。BIMが現場に携わるすべての人にとって当たり前になるように取り組むことがリーディングカンパニーとしての役目です」と新川。ツールを導入しても、DXは成し遂げられない。それを扱う人間の成長が不可欠だ。各々が未来を思い描きチャレンジを重ね、その経験は未来に活かされていく。

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Profile

新川 貴大

虎ノ門・麻布台プロジェクト A街区

工事長

入社年:2005年

主な業務:学校棟 外装工務

Profile

細見 拓生

虎ノ門・麻布台プロジェクト A街区

入社年:2010年

主な業務:構造工務

Profile

茂木 絵里香

東京支店 生産計画部 第1グループ

入社年:2017年

主な業務:住宅施工図(躯体図担当)