20225 災害医療と病院建築、河川工学の知見を
融合した「水害タイムライン防災計画」

2020年7月の豪雨では、熊本県人吉市にある人吉医療センターも浸水被害に直面しました。水害時にも災害拠点病院としての機能を維持しつつ円滑に水害対応業務を展開するため、京都大学防災研究所と清水建設は、災害医療と病院建築、河川工学の知見を合わせ、人吉医療センターの「水害タイムライン防災計画」策定支援を開始したのです。

4つのSTEPで検討し、水害タイムラインを策定

科学的根拠に基づき策定した医療機関に特化した水害タイムライン。約30部署ごとにタスクが整理されている

「タイムライン」とは、国土交通省が風水害への備えとして推奨している防災計画です。災害の発生を前提に災害時に発生する状況をあらかじめ想定し、防災行動とその実施主体を時系列で整理します。京都大学防災研究所と清水建設は、以下の4つのSTEPで人吉医療センターの水害タイムラインを策定、検証を進めていきました。

正確な建物・設備の浸水リスクの把握

建物や建築設備だけでなく、医療活動を継続するために必要な医療機器や医薬品・診療材料の備蓄場所などを調査して、浸水する高さにより、どのような機能が喪失してしまうのかを整理します。また、単に機械の設置位置だけでなく、配線ルートなども併せて全体でチェックしていきます。

防災活動業務の抽出

職員が行う防災活動業務(以下、タスク)をすべて抽出し、「いつ」「誰が」「何をするか」を明確にした業務フローに整理します。人吉医療センターのタイムラインでは、防災活動を約330ものタスクに分解して実施順序を整理しました。さらに実施予定者が不在であった時の対応ルールまで織り込み、それらを複数のステージに割り当てました。次に、タスクが完了するのに必要な時間を割り出した上で余裕の時間を加え、各ステージに必要なリードタイムを設定します。

立地特性を分析して防災活動開始のトリガーを設定

STEP2で設定したリードタイムに応じて、ステージを移すきっかけ「トリガー」を設定します。災害関連の情報は、降雨量、洪水、土砂災害など多様な事象を対象とし、気象庁や国交省、各自治体などさまざまな機関から発表されています。災害が迫ってくる中、限られたマンパワーで多くの情報を読み解き、正確な判断をするのは困難です。また、外来の中止、手術の中止などの高度な判断には、精度の高い予測情報が必要となります。そこで公開気象情報や実況水位に加えて、京都大学が内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で開発した「全国版RRIモデル」が病院活動における判断材料として有効活用できることを病院の防災訓練を通した実証実験にて確認しました。このモデルでは、中小河川を含む全国の河川で、水位の変化や氾濫状況などを6時間先まで高精度で予測できます。

訓練の実施とフィードバック

一旦、完成したタイムラインをもとに訓練を実施し、それを見直すことを何度も繰り返して、実効性の高いものとしていくことが大切です。人吉医療センターでは、2022年5月6日に職員150人が参加するタイムラインに沿った訓練を実施しました。タイムラインが有効であることが確認されるとともに、不備な点を抽出して見直しを行いました。また、同年9月の台風14号では、球磨川の水位が氾濫危険水位を超えるところまで上昇しましたが、タイムラインに従って落ち着いて防災活動を行うことができました。

災害対策本部の様子。訓練は院長や看護部長らが指揮をとった

リアルタイムな情報共有が課題、新システムの開発をスタート

訓練の結果を踏まえ、人吉医療センターではタイムラインを運用しながら見直しを重ね、より実態に合った内容を目指していくことになりました。主な課題として挙がったのは、院内各所から寄せられた情報をホワイトボードへ手書きで転記しており、状況の全体把握に手間と時間がかかっていることです。そこで、清水建設ではデジタルを活用して、リアルタイムに情報共有を図るシステム「MCP(Medical Continuity Plan)支援システム」の開発に着手。引き続き、災害時の院内情報をリアルタイムに収集・可視化して、災害対策本部の判断を支援していくシステムの開発を推進していきます。

清水建設 ニュースリリース
災害拠点病院 人吉医療センターの水害タイムライン防災計画を共同策定 〜令和2年7月豪雨を想定した防災訓練で、有効性を検証へ〜

災害拠点病院の防災計画としての
モデルケースに

これまでの研究で、全国の災害拠点病院の多くに浸水リスクがあることがわかってきました。病院においては、災害により発生した負傷者に医療提供を継続していかなければならず、高度な判断を要する局面が多くあるため、精度の高いさまざまな情報が必要です。河川工学の分野では、高精度の気象予測を活用し、ダムの放流、高潮の影響なども考慮した水位予測技術の開発が急ピッチで進められています。こうした先端技術が医療施設の水害対策に活用できるようになれば、より実効性の高いMCPになると考えます。今回の高度水位予測モデル「全国版RRIモデル」の人吉医療センターの水害タイムラインへの実証的な活用は、日本で初めての画期的な取り組みであり、実際に病院スタッフの皆さんからは、準備開始の判断を的確にできるようになったとうかがっています。今後、このタイムラインが全国の災害拠点病院の防災計画のモデルケースになっていくことを期待します。

戦略的イノベーション創造プログラム (SIP) 国家レジリエンス(防災・減災)の強化 災害拠点病院の水害対策タイムラインを策定〜令和2年豪雨を想定した防災訓練で効果を検証〜 [京都大学防災研究所]

COLUMN高精度な洪水予測を可能にした「全国版RRIモデル」

現在、日本において、水位の情報が把握できていない河川は約2万本あります。そのような日本全国の河川を対象に、降雨予測の情報を用いて6時間先までの川の水位や流量を予測する技術が全国版RRIモデルであり、京都大学防災研究所が開発を進めてきました。RRIとは、Rainfall(降雨)、Runoff(流出)、Inundation(氾濫)を意味しています。土の中を流れる水や川から溢れた水の動きなど、現実的な水の流れを追跡することで、精度の高い洪水予測を可能にしました。特に大型台風や線状降水帯による豪雨時の際、安全な避難を実現するモデルとして期待されています。

PRIモデルによる洪水予測

人吉医療センター 京都大学防災研究所 清水建設
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