Case 10

温故創新の森 NOVARE
-AIとたどる、⼆代清⽔喜助の想い-

次世代の創新を生む、新たなプラットフォーム -NOVARE-

江東区潮見に誕生した、オープンイノベーション拠点「NOVARE(ノヴァーレ)」。ラテン語で「創作する、新しくする」を意味するこの施設は、清水建設が国内外の知を結集し、新たなイノベーションを創出する場を目指しています。5つの施設が自立・連携し、 大自然の中で「森」が生態系(Ecosystem)を形成するように、ものづくりの原点に立ち返ります。

計画地
: 東京都江東区潮見
敷地面積
: 32,233.97㎡
段階
:竣工(2023年)
温故創新の森 NOVARE

二代清水喜助の手仕事をAIで蘇らせ、外装パネルのデザインに

当社は2023年11月に創業220年を迎えました。その⻑きにわたる歴史の中で培われた知識、技術、⼈財のDNAを受け継ぎ、新たなイノベーションに繋げることがNOVAREの使命です。

構成する5つの施設の1つが、NOVARE Archives(清水建設歴史資料館)。技術・学術資料や文化的価値の高い所蔵品ほか、先人たちによるイノベーション、つまり挑戦の軌跡を展示する施設です。日本の建設業の歴史を示す過去から現代の作品を総覧できますが、その特徴的な外壁にもメッセージが込められています。

NOVARE中央に配置された二代清水喜助の建築作品「旧渋沢邸」。この床柱の技術を独自のAI技術によってクローンのように3Dパターンを生成し、シミズの原点の記憶として建造物の外壁に刻み込みました。最新のAI技術をもちいて二代清水喜助の手仕事をたどったプロジェクトをご紹介します。

先人の思想と技術をデジタル技術で分析した 二代清水喜助の鑿跡のみあと

唯一現存する二代清水喜助の建築作品

江戸後期から明治にかけて活躍した、当社の二代目店主が清水喜助です。「築地ホテル館」「第一国立銀行(旧三井組ハウス)」「為替バンク三井組」など、日本の伝統的な建築技術を基礎に、和洋折衷様式の擬洋風建築を生み出した、日本の近代建築の先駈けとして知られています。

その二代清水喜助が手掛けた建築で唯一現存するのが、NOVARE中央にたたずむ「旧渋沢邸」です。「近代日本の資本主義の父」と称される渋沢栄一と 子、孫、曽孫が四代にわたり暮らした住宅で、当初、深川福住町(現在の江東区永代)に建設されました。その後、三田綱町(現在の港区三田)、青森県六戸町と二度の移築を経て、今回三度目の移築を行いました。清水建設のDNAや後世に伝えるべき文化遺産としてNOVAREで保存されています。

その邸内に現存するのが、⼆代清⽔喜助が絞りの銘⽊のように⼿彫りしたとされる床柱です。渋沢栄一の「華美なものはいらない」という言葉を受けて、二代清水喜助が材料を高級なものに見せる工夫を凝らしたと伝えられています。

このエピソードに感銘を受けた私たちは、当社の社是となっている「論語と算盤」に通じるところがあると思い、新しい建物を通して後世に伝えていきたいと考え、本プロジェクトはスタートしました。

渋沢栄一が1840〜1931年の間暮らした「旧渋沢邸」の内部と床柱

実物を3Dスキャンし、アルゴリズムを活用してパネル状に展開

外壁に床柱のパターンを活用すると決まったものの、課題は複数ありました。まず、パターンをそのまま転写してみたのですが、外壁の面積は広大でスケールが合わず、解像度の低いモザイク状になってしまいました。また、パターンを繰り返しコピーすると、貼り付けて並べただけになり、建物の意匠としてはふさわしくないデザインとなってしまいます。そのため、まずは先人の思想と技術をデジタルで分析することを試みました。

床柱は移築のために解体中だったこともあり、タイミング良く実物を手にすることが可能でした。そこで、実物を3Dスキャンして3Dモデル上に取り込みました。そしてアルゴリズムを作成して、床柱の表情はそのままに桂むきのようにパネル状に展開しました。

3Dスキャンしたデータを平面のパネル状に展開するアルゴリズムを独自に開発

特徴的なデザインを生成AIで拡張し、広大なキャンバスに落とし込む

ベースとなるデザインが抽出できた後は、広大なキャンパスに落とし込む作業です。画像の表情の特徴を捉えながら、パターンを拡張していきます。その際、データから特徴を学習し、実在しないデータを生産・変換するGAN(Generative Adversarial Network )の技術を活用することを考えました。さまざまなAIを比較、検討した結果、今回は1枚の画像の特徴を捉えて似た画像を生成していくSinGANという生成AIを採用しました。

生成の手順は、まず元の画像(300mm×1375mm)を長辺と短辺を4倍にした16倍の面積(1200×5500mm)に拡張します。そして、パターンの特徴をとらえた案を50枚生成しました。その後、デザインを厳選して実際に型を作る4枚を厳選していきます。

4枚に選出する際、画像を平面的に見るだけでは判断できないので、3Dのデジタルモックアップに変換し、VRでさまざまな角度から検討しました。AIでは本物にない不自然な箇所ができてしまうことなどがあり、最終的には人の目で選ぶ必要がありました。

生成AIを使って、特徴をとらえながらパターンを拡張し、複数案を作成

パネルを設置するNOVARE Archivesの外壁のサイズは横55メートル×縦11メートルと広大なもの

3Dスキャンで読み取れない小さな凹凸(のみの跡)を再現

また、パターンを作る際、鑿(のみ)の跡などの小さな凹凸は3Dスキャンではどうしても読み取れませんでした。

そこで、パラメトリックスタディ(パラメータ値を変化させながら解析)を経て、3Dモデルで復元しました。

右図が実物の写真と、それを元に再現したモデルです。

凹凸の再現は、大きな凹凸と微細な凹凸をそれぞれ読み取り、それを組み合わせることで実現しました

左が微細な凹凸の再現前、右が微細な凹凸の再現後

今回、床柱のパターンを活かす際に、生成AIを使用したのは、ひとつは数秒で生成できるなど、人間では不可能な作業だったということが挙げられます。本物らしさを損なわずにパターンが自然につながるようにするなど、生成AIだからこそできる技術だと実感しました。

また、オーダーメイドの観点もありました。今回の床柱のようにモノに込められた想いやDNAを読み取って建築に展開することが、建物に愛着を持つことになり、ひいては建物の価値を高めることにつながると考えます。今後、建築におけるAI利用はさらに進化が見込まれていますが、その第一歩として生成AIの活用に取り組みました。

風荷重に対する 構造シミュレーションの実施

アルミ構造に対し、Grasshopperの構造解析プラグイン
Karambaを適用した、社内初の事例に

意匠のほか、外壁には構造的にも新しい試みを行っています。今回、風荷重の構造シミュレーションはGrasshopperの構造解析プラグイン、Karamba(カランバ)を適用しました。これは、アルミ構造に対しKarambaを用いた社内初の事例です。

アルミパネルを外壁として用いる場合、通常は屋内側に下地鉄骨を設け、それが風荷重などの面外方向の外力を負担します。今回は、鋳型でパネルを作るため形状の自由度があるというところから、パネル裏側に外力に対して必要な形状をデザインし、下地鉄骨を省略することを考えました。

そこで、パネル取り付け用のリブや止水用のリブに加えて、構造的に必要なリブの配置を変えたいろいろなパターンのパネル形状をGrasshopperにより瞬時に生成し、応力解析をKarambaにより行いました。パネル厚さは強度を満足する厚さを各板要素で算出し、コンター図で必要厚さを確認しました。

そのシミュレーション結果と、製作性、施工性を考慮した結果、十字型のリブ形状をベースに進めることに決定しました。ここで得られた結果を基にMidas iGenにて詳細検討を実施のうえ、最終的な仕様を決定しました。

アルミ構造へのKarambaの適用は、建築スケールにおいては海外でも実施例がほとんどありません。構造分野においても初期検討でコンピューテーショナルデザインを活用したことで、結果的にデザイン面、そしてコスト面でも優れたものとなりました。

左図:リブの形状違いのA・B・C案。検定比を満足させる必要厚さと、その必要厚さを確保した際の変形量をKarambaより得る

右図:Midas iGenにて、最終的な詳細検討を行う

デジタルで確認 3Dデータの施工連動

リアルタイムレンダリングやVRを用いて確認
社内の石膏3Dプリンターでモックアップを11回作成

今回のプロジェクトでは、デザイン確認もデジタルで完遂しました。まず、3Dモデルをもとに、社内の石膏3Dプリンタでモックアップを作成しました。データの形状がそのまま再現されるので、手に取ったり光に当てたりして凹凸感を確認しました。この工程を11回ほど行い、試行錯誤を繰り返しました。

また、それと同時に3DモデルソフトのRhinocerosとEnscapeというレンダリングソフトを使い、デジタルモックアップを20回ほど作成しました。その後、VRを使い、日時や日の当たり方、角度を変えながら、環境により外壁がどのような表情を見せるのかを確認していきました。

この外壁パネルは、パネル同士が隣り合ったところでもパターンが連続するように考えられています。通常は型の種類が多くなってしまいますが、該当部分だけ連続するようにデジタルデザインで処理をしています。これにより、型の数を抑えながら、模様が連続していくことが可能になりました。版間目地も極限まで細くすることで、模様が連続し、一つの大きなマスに見える外観としました。

実際のパネルの施工の様子。パネル1枚は幅1.2m、高さ5.5m

日の角度によって表情を変えるパネル、VR同様に実物も模様の継ぎ目が見えない

意匠設計

金馬 貴之

構造設計​

長谷川 龍太

コンピュテーショナルデザイン

竹内 萌

コンピュテーショナルデザイン

大江 諭史

床柱に込められた二代清水喜助の「想い」を損なわずに、新しいデザインに展開する。
―職人による鋳造技術と生成AIを掛け合わせて、単なるコピーではなく「想い」を再生成しました。建築分野において、生成AIやデジタルファブリケーションといった最新技術を単に効率化のために利用するのではなく、新しい価値を創出するために活用した事例を提示できたのではないかと考えています。

今回は自社のDNAを継承するデザインに挑戦しましたが、今後はお客様それぞれが大切にするルーツに対しても、オーダーメイドのデザインへと昇華させ、愛着を持っていただける建築づくりを目指していきたいと思います。

OTHER CASE