Case 09

コマツ 湘南工場 開発棟

建設・鉱山現場のイノベーションを生み出す開発施設

新しい価値・未来の現場を実現するためにイノベーションを生み出す開発施設とは。
社内の人も社外の人も、一体となって社会課題の発見と解決に取り組める施設づくりを目指しました。
建物内部のずれながら積層する円形の吹抜空間に自然と人が集まり、コミュニケーションが取りやすい環境をつくりました。

計画地
: 神奈川県平塚市
敷地面積
: 39,531.84㎡
延床面積
10,483.95㎡
階数
: 地上5階 PH1階
構造
: S造
段階
: 竣工(2023年)

新しい価値創造の場 -CIRCUIT FIELD-

技術を生み出すだけではなく、社会課題を解決し、新しい価値を生み出すコマツのイノベーション。そのためには社会の動きにアンテナを張る必要があると考え、社外の人との接点を多く生み出すことを建物のコンセプトとしました。

セキュリティの確保とコミュニケーション活性化の両立を実現するため、本施設では建物中央部を下から上まで貫く吹抜空間に協業エリアを配置し、電気回路のように素早く互いが反応しあう新しい価値創造の場「CIRCUIT FIELD(サーキット・フィールド)」を提案しました。一般的な開発施設ではセキュリティの視点から協業エリアをフロアで分割することが主流ですが、CIRCUIT FIELDは協業エリアが上階までつながっているため、社員と協業者のフラットなコミュニケーションを可能にします。つまり、社内外の人が同じ空間を共有することで活発な意見交換が生まれ、新たなイノベーションを創出できると考えました。

吹抜空間は建物中央部にありながらも外部環境を取り入れたいと考え、自然光や風が通り抜けます。デジタルツールを駆使して吹抜の室内環境をシミュレーションし、建物の機能とデザインを追求しました。

フロアで協業エリアを分割する「技術」重視の開発施設とは異なり、外部との接点を増やし「価値」を創出することがコンセプト

人が交わり、出会いを生む

CIRCUIT FIELDの象徴は建物の中心を貫く協業エリアです。各フロアの中心に求心力のある協業エリアをレイアウトすることで、社員同士や社外の人との交流を促すオープンイノベーションの場づくりを行います。また、社員専用エリアと協業エリアのセキュリティを確保しながらも、隔たりを感じさせないようなデザインにすることで一体感を生み出し、次世代ICTのイノベーションを発揮できるクリエイティブなオフィス環境を実現しました。

設計の初期段階で、協業エリアをフロアの中心に配置するか、フロアの端に片寄せ配置するか、動線のシミュレーションを行い検討しました。業務中の人の動きをプログラミングし、人と人とが重なる機会を可視化しました。結果、中央に配置したほうが思わぬ人との出会いが生まれ、よりイノベーションの機会を創出できるという結論に至りました。

執務エリアと実験エリアの往復の中心に協業エリアを配置。社員は上下階の移動時に協業エリアを通るため、社外の人に接する機会が増加した

協業エリアを片寄せ配置した場合

協業エリアをセンター配置した場合

協業エリアをフロアの中央と片側に配置した際に想定される人の経路、動きをシミュレーション。中央に配置する方が、人の動線が交差する点が30%ほど増えることが分かった

協業エリアには社内外の人がアイデアを出し合える場となるようにパンチングパネルを設置

外部環境を取り入れる

イノベーションを生むには、人工照明が等間隔に並ぶ「均質的な環境」だけではなく、天気の移り変わりや風の流れが感じられる屋外のように「ムラがある環境」も必要だと考えました。しかし、建物中央に配置した吹抜空間は一般的に自然光が届きにくく、外の景色も見えない閉塞的な空間になりやすいです。そのため、設計の初期段階から環境シミュレーションを活用し、自然光や外のフレッシュな空気などの外部環境をどのように取り込むか、エビデンスに基づいたデザインを検討しました。

ハイサイドライトを採用することで、自然採光と自然換気の両方を実現

ハイサイドライトから柔らかく光を入れる

協業エリアでは研究者がさまざまな機器を使って打ち合わせることも多く、機械への影響を考えて直射日光を避ける必要がありました。そこで、太陽の高度を計算して直射光を入れず、柔らかく明るい拡散光だけを取り込むハイサイドライトのデザインとしました。数百パターンの形状を生成し、室内の明るさをシミュレーション。より多くの光を取り込めるデザインに決定しました。また、ハイサイドライトにつながる天井面をゆるやかな曲面とすることで、天井面に影ができる範囲を減らし、室内から見たときに明るく感じられる工夫をしています。

図の赤い部分が照度の高い場所。初期案(左)が234luxだったのに対し、検討後(右)は592luxと倍以上に上昇した

吹抜をずらし、すべてのフロアに光を届ける

次に、ハイサイドライトから採り入れた自然光を、吹抜を介して各フロアにどのように届けるかを考えました。吹抜を上から下までまっすぐに通せば1階と最上階の床面に光が届きますが、中間階の床面にはあまり届きません。その課題を解決するために、照度のシミュレーションを行った結果、各フロアの円形の吹抜を少しずつずらして配置することで、各階に等しく光を届けられることが分かりました。

年間の照度シミュレーションにより、中央の円形の吹抜をずらすことで、中間階に明るいエリア(黄緑色)が増えることが分かった

外気が吹抜を通り抜け、リフレッシュ空間に

光同様に重視したのが外気の取り込み方法です。外の空気を取り込み吹抜が風の通り道となることで、協業エリアの空気が循環され、リフレッシュできる空間としました。まず、敷地周辺の気象データから、外の空気を取り込むのに適した気象条件(気温:15〜23℃、風速:10m/s以下)の風向きを分析したところ、北側から風を取り込むのが最適ということが分かりました。そのため、建物北側の緑地を流れる風が換気窓から入り、吹抜を通ってハイサイドライトから出ていく経路を設計。省エネルギーと快適性を両立したデザインとしました。

敷地周辺の気象データから、外気を取り込むのに適した条件の風向きを分析

気流シミュレーションにより、取り込んだ外気が吹き抜けを通ってハイサイドライトから出ていることが確認できる

上下階の一体感を生む スパイラルアップする吹抜

協業エリアの吹抜は、鉱山採掘手法の一つである露天掘りをイメージした円形の吹抜がスパイラルアップするデザインです。各階で業務をする人々がお互いを視認して一体感を共有するため、吹抜の手すり壁のデザインもこだわりました。特に渦状に上昇するコンセプトを体現するため、吹抜側に起伏する曲面の稜線をデザインしました。垂直面の手すり壁に傾きを与えることで、光の当たり方に変化が生じ、時間の動きを感じられるようになります。一方、施工難度が高くなる部分のため、稜線の長さや高さをパラメーターとし、施工難度別に面積を自動で算出できるアルゴリズムを作成しました。デザインの精度を上げながら施工性も検討し、美しさと合理性を兼ね備えた吹抜が完成しました。

露天掘り

起伏に飛んだスパイラルアップするデザイン。上下階の移動を促し、活発なコミュニケーションが生まれることを目指した

パラメーターに沿って形状が自動変化し、施工難度別に面積を算出するアルゴリズム。黄緑色の稜線部(上)の施工難度が高くなるため、その範囲の面積を抑えながら、スパイラルアップするデザインを検討した

音環境シミュレーションで反射音も検証

円形の吹抜が各階でずれるデザインを採用したため、特定の階の話し声が吹抜の中で多重反射して他階に伝わり、音響的な問題が発生するのではないかという懸念がありました。そこで、3Dモデル上で音環境をシミュレーションできるツールを使い、多重反射の有無を音線図により確認。結果、円形吹抜けの中での音の多重反射は生じず、問題ないことが確認できました。また、話声を想定して音源近傍1メートル点の音圧レベルを60デシベルと仮定したときの音圧レベル分布を算出。建物全体として局所的に音圧レベルが高くなっている点がないことも確認できました。

2階に音源を置いた場合の音圧レベルを可視化し、吹抜まわりの音環境を検証した

意匠設計

中野 舞

コンピュテーショナルデザイン

深町 駿平

今回のプロジェクトは、開発施設としてさまざまな制約がありました。その中でコンピュテーショナルデザインを使って、「コミュニケーションとセキュリティ」「デザインと機能」それぞれの両立を実現することができ、新たな可能性を見出せたと思います。成功の要因は設計初期の段階からチーム内でコンセプトを共有でき、アイデアをそれぞれ出し合えたことです。人流、光、風、音響などさまざまなアプローチから、設計とコンピューテショナルデザインが協働できた好例だと思います。また、この建物のコンセプトのように、各担当者がフラットな関係性でチーム一丸となって取り組めたことがよかったです。

OTHER CASE