世紀をつなぐ保守・管理 先人の意志に応える国内初の挑戦

1998年、国内初の「免震レトロフィット」工事。すべてはル・コルビュジェの意匠を守るため。

「ル・コルビュジエが日本に残した貴重な建物を、
外観はそのままで大地震から守りたい。」
それが関係者全員の共通の思いでした。
その思いを叶えたのが当時の最新技術、
免震レトロフィット。
免震装置を既存の建物に取り付けるという
それまでに例のない工事は、
何もかもが挑戦の連続でした。

きっかけは阪神・淡路大震災。歴史的・文化的価値を どう守りぬくか。

1995年1月に起こった阪神・淡路大震災では、数多くの建築物や美術品が大きな被害を受けました。必要な耐震性能を満たしていなかった国立西洋美術館本館(以下、本館)では、耐震対策の早急な見直しが迫られました。 耐震化での最大の課題は、「いかにして歴史的・文化的価値の高いル・コルビュジエの意匠を継承するか」。当時の耐震対策では、建物の強度を増すため新たに構造壁を設けるか、揺れに耐えられるように柱や梁に樹脂や鋼板を巻いて補強する方法が一般的でしたが、それでは外観に影響が出てしまいます。 そこで、国立西洋美術館本館等改修検討委員会が外観を残すため建物下に免震装置を取り付ける「免震レトロフィット」を採用することを決定し、1996年から約3年をかけて、工事が行われました。

免震装置を設置した状態

前例がないけれど、どうしてもル・コルビュジェの デザインを守りたかった。

建物を動かさずに建物地下を掘削し免震装置を取り付ける免震レトロフィット。改修に採用された例は米国での数件だけで、国内では初の試み。前例がない工事は全てが挑戦でした。 本館の基礎は直接地盤で支えられていたため、免震装置を取り付けるためには基礎下部分を掘削し建物を鋼管杭で仮に支え、地下に作業スペースを作る必要がありました。 特に難しかったのは、建物を水平に保ち続けること。建物の水平が崩れると構造部材に有害なひび割れが発生するおそれがあるからです。毎日2回の計測で水平を確認、また、基礎の下を掘削するときには必ず人の監視のもと工事が行われました。 掘削では、人が立てない狭隘な地下スペースでの掘削を効率よく進めるため、電動リモコンで動く深礎工事ロボットとミニ油圧ショベルを開発。また、試験的に杭を打って荷重の実験を行うなど、試行錯誤を繰り返しながら工事を進めました。

鋼管杭で仮受けした状態

免震化工事の流れ

  1. [床の撤去]
    • ①既存の床を撤去する
  2. [掘削・補強]
    • ②基礎周辺を掘削する
    • ③既存の基礎梁を補強する
  3. [鋼菅杭により仮受け]
    • ④鋼菅抗をジャッキで圧入し建物を
      仮受けする
    • ⑤さらに基礎下部を掘削する
  4. [免震装置取付け]
    • ⑥底盤コンクリートを打設する
    • ⑦免震装置を取付ける

本館の重量は約1万トンありましたので、直径35センチの鋼菅杭150本を仮受けとして使用し、49本の柱の下に免震装置を取り付け、最後に鋼菅杭を撤去しました。

清水建設が保守・管理を重ねてきた国立西洋美術館が2016年、 世界文化遺産に登録。

2011年に発生した東日本大震災では、免震装置が揺れを吸収したことで、建物と収蔵品にはほとんど被害が出ませんでした。 免震レトロフィットの竣工から18年。これからも適切な保守・管理を行いながら、ル・コルビュジエが遺した本館を次の世代へつなげていきます。

写真提供:国立西洋美術館

今なお本館があるのは、先達たちのコンクリートへの 「情熱」と「出来の良さ」

当時は、本館が世界文化遺産に登録されるとは夢にも思いませんでした。その原点は、新築に携わった先達のコンクリートへの「情熱」と「出来の良さ」にあると思います。 本工事で地面に隠れていた基礎が露見した際には、折り目正しいコンクリートの姿に感動したことを思い出します。 工事中は毎日が緊張の連続でしたが、先達の熱意や思いを胸に免震レトロフィットに挑戦しました。その本館が世界文化遺産に登録され、工事に携わったことを嬉しく思います。

清水建設 生産技術本部 建築技術部
秋山 稔

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