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昨今のビジネスシーンで強調されることの多い「アントレプレナーシップ」という言葉。日本語では「起業家精神」と訳されますが、独立を志すビジネスパーソンだけに必要なものではありません。混沌とした現代社会で働き、生きていくすべての人に必要な道標であり、心の持ち方。そんなアントレプレナーシップ教育の真価に迫るべく、今回は、“ピーター・ドラッカー最後の生徒”としても知られる、バブソン大学 アントレプレナーシップ准教授 山川恭弘氏をゲストにお迎えしました。
※バブソン大学(アメリカ・マサチューセッツ州)は、アントレプレナーシップ教育(起業教育)の名門として知られ、U.S.News & World Reportの世界ランキングでは、アントレプレナーシップ部門で30年間連続トップを獲得している。トヨタ自動車の豊田章男会長やイオンの岡田元也社長も修了生。
2025/10/14
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1. ドラッカー先生から学んだ、普遍の教育方法。
ピーター・ドラッカー最後の生徒
佐藤:山川先生の著書『バブソン大学で教えている世界一のアントレプレナーシップ』を読ませていただいて以来、NOVAREと共鳴する部分を感じており、ぜひお話したいとずっと思っておりました。本日はよろしくお願いいたします。
山川先生は「現代経営学」あるいは「マネジメント」 の発明者として知られるピーター・ドラッカー最後の生徒でいらっしゃいます。はじめに、当時のお話をお伺いしたいです。
山川:当時はまさかそれが最後の授業になるなんて思っていませんでした。誰でも受講できる授業ではなくて、これまでの成績が評価されて選ばれた30人の少人数制クラスでした。カリフォルニアの晴天の下、劇場型の教室で、真ん中にテーブルがあって。時間になると先生が降りてくるのですが、ご高齢なのでゆっくり。ようやく座っていよいよ始まると思ったら、“I am here for the donuts”と言って、ドーナツを食べ始めるんですよ(笑)。私は毎週土曜、君たちのためじゃなくてドーナツのためにここに来ているんだぞ、と。そういう冗談を言った後、ドーナツを食べ終わって一息つくやいなや、急に授業が始まります。そこからはもうノンストップで3時間。ご自身の経験をドラマ仕立てに、さも自分がその場にいるかのように話されて、まるで映画を見ているような、一分一秒見逃せない時間でした。
佐藤:ドーナツから始まる授業とは驚きですね!まさにライブ感あふれる体験だったのですね。
山川:ええ。すべてが実体験で、なにかフレームワークやツールをくれるわけじゃない。そこでしか聞けないライブアクションです。ある意味、あれが未来の教育なんじゃないかと、振り返って思います。なぜなら、今の学生はパソコンを開けば学べて、サーチは彼らの方が上手なくらいです。だから私はAIを思いっきり使いつつ、自分の経験談、体験談、失敗談といった私にしか語れないストーリーを授業にします。そこがやはり学生たちが「えーっ」と目を輝かせて聞いてくれる部分なんですね。
佐藤:先生ご自身の経験談を語ることが、現代の教育において最も響く部分だと。ドラッカー先生の教えが今も生きているのですね。
山川:ドラッカー先生がストーリーテリングしていたように私も生徒に語ることができれば、先生として唯一最大の武器になると思います。ですから改めて今振り返ると、温故知新、ドラッカー先生の普遍の教育方法なんだと感じます。語るためには、失敗も含め、常に自分が経験を積み続けなければならない。そんな風に、未だにドラッカー先生から学んでいる感覚です。
2. なぜ今、アントレプレナーシップが必要なのか?
世界をより良く変える原動力こそ、
アントレプレナーシップ。
佐藤:では、なぜ今アントレプレナーシップが必要なのか、改めて教えてください。
山川:はい。まずお伝えしたいのが、私たちが定義しているアントレプレナーシップとは、狭義の「起業」ではないということです。私が准教授を務めるバブソン大学は起業家養成大学のように思われていますが、実は私たちは「起業家になれ」とは教えていません。「起業家のように考えて、起業家のように行動すること」。これは予測不能で不確実性の高い社会を生き抜いていく力であり、万人に当てはまる考え方です。失敗を恐れて一歩踏み込むことに躊躇してしまう人も多いでしょうが、失敗には必ず価値がありますし、一人では成せないことも、いろんな人を巻き込むことで成し遂げられます。
佐藤:なるほど。単なる「起業」ではなく、「起業家のように考え、行動すること」が重要で、それは誰もが持つべき力だと。具体的には、どのような思考や行動が基本になるのでしょうか?
山川:起業家的思考・行動法則の基本は、まずは課題意識です。どんなチャレンジにも、根本には世の中に蔓延している問題や課題があります。それに対して不平・不満を言う側ではなく、解決する側になってみること。これが社会を革新させ、世界を変える力になります。さらに言えば、「Change the World」でなくとも、「Better the World」でもいい。日本にいると「世界を変えるぞ!」と言うと、ちょっと変わった人だと思われがちですが、変える世界は自分の身の回り半径5mでもいいんです。例えば子育てや職場の悩みについても、不平不満を訴えるだけでなく、能動的に行動することで、世界をより良く変えていける。その原動力がアントレプレナーシップです。
佐藤:当社が昨年度定めた中期経営計画では、「経営基盤の強化」の冒頭に「挑戦し、共創する。多様な人財を育成する」という言葉が登場します。山川先生がおっしゃるように、企業の中にいる人間もアントレプレナーシップを持つべきですし、どんな場面でも必要とされる力だと思っています。
山川:うれしいです。アントレプレナーシップにもたくさん種類があって、例えば企業内起業はイントラプレナーシップと呼んだりします。成長したいと願う人の目の前に壁が立ちはだかる時、そこには共通してアントレプレナーシップが必要なんです。
佐藤:NOVAREはそれをまさに実践する場です。ここに来れば、同じような挑戦心を持つ人や組織とつながることができる。ここであれば、夢が現実になっていく。そんな風に認識していただける共創プラットフォームになればと考えています。
山川:今日初めてNOVAREに来させていただきましたが、スタートアップの香りをまざまざと感じましたよ!建物のデザインも素晴らしいし、いろんな組織の方が同じ空間で仕事をされていて。クリエイティビティが生まれる余白があると感じました。
佐藤:「余白」とはどういう意味ですか?
山川:クリエイティビティに必要なものの1つが「心の余裕、ゆとり」なんです。どういう時に良いアイデアが出るかと言うと、実は「ぼーっと」している時だったりします。これが余白なんです。
佐藤:NOVAREは開かれた施設なので自然にも触れられますし、四季折々楽しいですよ。
3. どうやってアントレプレナーシップを身につけるのか?
「失敗する」ことですべてがはじまる。
山川:清水建設のような企業の従業員にアントレプレナーシップを持ってもらうにはどうしたらいいのか、佐藤さんはどうお考えですか?
佐藤:はい。NOVAREに来てくださる人々はみな、内発的にそのような精神を持っていると思います。ただ、日本の企業は往々にしてチェック工程が複雑で、何かを始めるのに時間がかかる。「失敗してもいいよ」と言いつつも、実は失敗させないように取り計らう文化が日本全体にあると思うんですね。実例がない未来に踏み出していくのは、やはり辛いものです。
山川:なるほど。個人のアントレプレナーシップがあっても、組織の文化が足かせになることがある、と。
佐藤:ええ。私は今NOVAREでたくさんのスタートアップとお付き合いをしていますが、スタートアップのみなさんもすごく大変で。だからこそ共創を目指すのですが、この日本の文化の中でアントレプレナーシップを個人が持っていても、結局は組織的に対応できなかった、という事態が起こり得てしまうんですよね。
山川:でも、今日NOVAREで目にした掲示には「失敗を恐れない環境づくり」と書いてあって、とてもうれしく思いましたよ。既にこういうDNAが息づいていて、失敗を恐れない人々がここにいるんだと感じました。もっと強調してほしいです(笑)。
佐藤:NOVAREのマインド面のKPIは、若手が作ったんです。まさに日本の企業がやりがちなことはやらないんだ、と。「挑戦の精神を持つ ―失敗を恐れず、失敗から学び成長する姿勢を持つ―」ということで全体の意識を統一しました。これをNOVAREの文化として作り上げたい。そしてぜひ外部の方も同じ精神で共創できればと思っています。
山川:素晴らしい精神、素晴らしい経験ですね。自分たちで目標をつくると、自分たちをより縛ることになるので、責任感のある若手の方々だと思います。一方で、そのKPIはどうやって測るんだろうと気になりました。「失敗を恐れない」と言うのは簡単ですが、おそらく人事評価や制度が関わってこないと、目に見える結果は現れてこない。最近よくあるのが「挑戦の指標化」、さらに言えば「失敗の指標化」ですね。失敗を評価し、人事制度と組み合わせていく。おそらく遠くない未来でこれがスタンダードになるんじゃないかと考えています。
佐藤:失敗を評価し、人事制度に組み込む、というのは興味深いですね。失敗に対する考え方自体も変える必要がある、ということでしょうか?
山川:その通りです。失敗って、「失敗するな」と上司が毎日リマインドしても、失敗数は減らず、一方で報告数が減ると言われています。ちゃんと仕事をしていれば、必ず失敗は一定数起こります。ではそれを隠すのか、公にして学ぼうとするかが重要。「どんどん失敗しよう、そして明らかにして共に学びを得よう」というのがアメリカではスタンダードのスタディです。だから、失敗に寛容であれ、というのはもうトップから必要ですね。
4. 「失敗の定義」とは?
許容できる失敗を定義することで、挑戦を活性化。
佐藤:失敗から学ぶ、このシチュエーションをどう作っていくかが重要ですね。まず、失敗の定義もまだ曖昧で、それが恐怖につながっている可能性があります。私たちのようなものづくりをしている企業は、いろんなチャレンジをして、結果最後にはきっちりとした完成品に仕上げなければならないわけですが、その過程で起こることは果たして「失敗」なのか「不具合」なのか、混乱してしまうことがあるんです。
山川:自然な流れだと思います。そもそも「失敗の定義」は成功を定義するのと同じくらい複雑で、人によって異なるものなんです。たとえば私が教えているバブソン大学の経営者向け講義の中でも、40人ほどの参加者全員の答えがまったく違ったりします。だからこそ、まずは自分なりの失敗の定義を統一することが大切です。
プラス、この定義はどんどん変わって良い。会社のビジョンや価値観もそうですが、変えちゃいけないものもあれば、常に変化し、進化すべきものもある。だから同じ人の中でも変わって良いんですが、チームで何かをやろうとする時には、メンバー全員の「失敗の定義」を決めておく必要があります。プロジェクトの目的を決めるのと同時に、何をもって失敗なのか、共通認識を持っておくんです。
佐藤:なるほど。「失敗の定義」は人それぞれで、チームで取り組む際には共通認識を持つことが重要、ということですね。具体的に、その共通認識を持つための良い方法はあるのでしょうか?
山川:例えばプレモーテム(Pre-mortem)という手法があります。プロジェクトの初日にリーダーが「このプロジェクトは失敗した。なぜ失敗したかみんなで考えよう」とメンバーに問います。ここで書き出された失敗の定義を元に、ではこの失敗は避けよう、もしくはここまでならば失敗してもいい、という基準をつくることができます。バブソン大学の「起業の三大原則」の二つ目にも「許容できる失敗(を見極める)」とあるように、これを認識することで挑戦が活性化していきます。
佐藤:プレモーテムで失敗を事前に定義し、許容範囲を見極めることで挑戦が活性化する、と。その失敗から得られる「学び」が非常に重要なんですね。
山川:その通りです。不確実性の高い世の中だからこそ、学んだ者勝ちなんです。成功するより、失敗する方が学びの質は高い。じゃあ賢い失敗をするためにはどうしたらいいのか、という建設的な議論がいろんなところで起こってほしいと思いますね。
つづきは後編へ。
COMING SOON
2025年10月28日更新予定です
後編では、自分の視野にとらわれずに多様な人と共創する重要性、
アントレプレナーシップに必要な「正しい善」についてお話が続きます。
山川 恭弘 氏
バブソン大学 アントレプレナーシップ准教授
ピーター・ドラッカー経営大学院にて経営学修士課程修了(MBA)。テキサス州立大学ダラス校にて国際経営学博士号取得(Ph.D.)。10年間エネルギー業界にて大企業での新規事業開発やスタートアップ設立の経験を持つ。現在は起業・経営コンサル、ベンチャーのアドバイザリー・ボードも務める。著書:『バブソン大学で教えている世界一のアントレプレナーシップ』他。
佐藤 和美
清水建設 執行役員/NOVAREヴァイスエグゼクティブコンダクター