木の可能性を探る

木の可能性を探る Vol.40 生涯を通じて生活に木を取り入れる活動すべてが木育

2015年4月27日

Vol.40  生涯を通じて生活に木を取り入れる活動すべてが木育

「都心にないものを提供したいと思い、国産材を使った木の香りに満ちた美術館にしたかった」。そう話すのは東京・新宿区にある「東京おもちゃ美術館」の館長、多田千尋さん。今、同美術館を起点に、“木育”をキーワードとした活動が広がり始めています。その具体的な取り組みや今後の展望について、多田さんに話を伺いました。

自然の素材は、人に「感情的な動き」をもたらす

都会の真ん中で樹木を感じられる場所として

東京おもちゃ美術館は、2008年、前年に廃校となった旧・四谷第四小学校校舎の一部を利用してオープンしました。この校舎は、1935(昭和10)年に東京都がドイツ人に設計を依頼した当時のモデル校舎で、都や新宿区にとっては貴重かつ歴史的な建造物。そんな建物を大切に残したい、という地域の皆さんの思いを受け継ぎつつ、美術館として人々に愛される場をつくりたい。そう思ったとき、ピンときたのが木を使うことでした。都会の真ん中で樹木を感じられる場所があれば、若いお父さんやお母さんが子どもを連れて来てくれるのではないかと考えたのです。

なぜ木が頭に浮かんだのか。根底にあったのは、悔しさかもしれません。元々、おもちゃ美術館は約30年前に私の父が中野で開きました。私がそこを受け継いだ後、木のおもちゃがブームになった時期がありました。しかし、人気商品のほとんどがヨーロッパからの輸入品。日本は世界有数の森林大国で、優れた木工技術を持つ職人さんも大勢いるのに、なぜ海外から木のおもちゃを輸入するのか。日本の木のおもちゃの自給率が1%未満といわれていることに、歯がゆい気持ちになりました。

木の遊具がたくさんある「おもちゃのもり」
木の遊具がたくさんある「おもちゃのもり」

ですから、この美術館の内装や木のおもちゃ、遊具は、材料も製作もすべてメイド・イン・ジャパンにしようと決めました。果たしてそれが功を奏するのか、関係者やスタッフに不安もあったと思います。けれど、実際にはオープン初年の年間入場者数が8万人、3年目には10万人を越え、最近は年間13万人が来館しています。また私の願い通り、来館者の年齢層も若い親子連れが中心。美術館の運営を通じて改めて、人を惹きつける木の力を強く実感しています。

移動キャラバンや資格制度で木育事業を推進

移動キャラバンや資格制度で木育事業を推進

美術館がオープンしてまもなく、国産の木材をコンセプトにした当館に関心を持った行政の方から、国が推進する木育の事業に参加してみませんか、という話がありました。私は、木育とは「木が好きな人を育てる活動」と考えています。そこで最初に提案したのが、木のおもちゃや遊具をトラックに積んで、地方のイベントなどに出張して木の魅力を伝える「木育キャラバン」という事業でした。このアイデアが採用されて、当館を運営する認定NPO法人日本グッド・トイ委員会が、2010年から木育推進事業に参画することになりました。木育キャラバンは現在も年間15か所ほどで開催しています。

また、おもちゃの専門家の育成も、私たちの重要な活動です。2つの資格制度を設けており、1つ目は赤ちゃんからお年寄りまで、おもちゃとの関わりを幅広い視点で捉える「おもちゃコンサルタント」です。現在、全国で5,000名ほどの有資格者が、子育て支援や幼児教育、難病児の遊びケアなどの社会貢献、玩具専門店の経営、おもちゃの企画開発など、さまざまな現場で活躍しています。2つ目が、身近な材料を使ったおもちゃの作り方と指導を行う「おもちゃインストラクター」。2012年末時点で、全国で15,000名が資格を取得しており、子育てや保育の現場で活躍しています。

ウッドスタートで木とふれあう機会とビジネスチャンスを

木育は、その字面の印象からか、「木を植えて、育てる活動ですか」と勘違いされるケースもあります。そこで、木育をわかりやすく伝え、実りある形で広める方法として、私たちが推進しているのが「ウッドスタート」です。ウッドスタートとは、暮らしの中に積極的に木を取り入れ、赤ちゃんをはじめとするすべての人々が、木と出会い、ふれあいを大切にする取り組みを意味します。その具体策として、市町村あるいは企業に「ウッドスタート宣言」をしてもらい、木育を推進する活動を始めています。

例えば、自治体なら、地産地消の木製玩具を誕生祝い品として市民にプレゼントする。企業なら、社員の子どもの出産祝いに木のおもちゃを贈る。ときには、Aという自治体で生産した木材や木工製品を、Bという企業の出産祝いや内装工事に用いるなど、自治体と企業がコラボレーションすることもあります。こうした活動によって、子育て世代の親子は安全で安心な木のおもちゃにふれる機会が得られ、自治体や企業は林業、林産業の活性化や新たなマーケットの開拓といったビジネスチャンスを得られる。結果、国産材がたくさん使われることで、日本の森林も元気になります。

私たちの目標は、100の自治体と100の企業をウッドスタートで結びつけること。現在、自治体では新宿区をはじめ、北は北海道の雨竜町から、南は沖縄県の国頭村まで、そして全国の企業からもウッドスタートへの参加が相次いでおり、今後の発展を期待しているところです。

サミットも開催、木育を多くの人に知ってもらうために

木育サミットの様子

木育は、赤ちゃんや子どもだけを対象にした話ではありません。私たちが目指しているのは“生涯木育”です。ウッドスタートの対極に、ウッドエンドという言葉があって、例えば、棺を国産材でつくろうと活動している団体もあります。食育と同じで、生涯を通じて生活に木を取り入れていく活動すべてが木育。ですから私は、子どもが巣立つ一方で仕事が忙しく、普段なかなか木にふれることがないであろう中高年の皆さんにこそ、木の魅力を一番に知ってほしいと考えています。

その思いが実現し、2014年3月には第1回「木育サミット」を開催できました。続いて2015年1月には第2回サミットも開催。その中で、企業と地域のコラボレーションによる木育推進の事例や、観光、学び、子育て、暮らしの場に、木を取り入れ、木の良さを最大限に引き出す取り組み例などが多数紹介されました。木育サミットをきっかけに、木育を知り、ウッドスタートを知る。そうして、地産地消の面から木材の伐採、加工のあり方を見直し、日本の木材資源の活かし方を考える人が1人ずつでも増えていくこと。それが今の私の願いです。そして、その実現に向けて、私自身も木とのふれあいを楽しみながら、木育を広める新たなアイデアの提案と活動を続けていきます。

プロフィール

多田 千尋さん
東京おもちゃ美術館 館長 認定NPO法人日本グッド・トイ委員会 理事長

多田 千尋さん  東京おもちゃ美術館 館長 認定NPO法人日本グッド・トイ委員会 理事長

1961年、東京都生まれ。

明治大学法学部卒業後、プーシキン大学(ロシア)に留学。科学アカデミー就学前教育研究所、国立玩具博物館研究生として幼児教育・児童文化・おもちゃなどを研究。その後、乳幼児教育や子ども文化、高齢者福祉、世代間交流についても研究・実践。主な著書は、『世界の玩具事典』(共著、岩崎美術社)、『グッド・トイで遊ぼう』(共著、黎明書房)、『おもちゃのフィールドノート』(中央法規出版)など。

東京おもちゃ美術館とは?

おもちゃふれあいミュージアム

東京おもちゃ美術館は、「一口館長制度」に基づくお金の寄付と、ボランティアスタッフである「おもちゃ学芸員」の時間の寄付によって成り立っている市民立のミュージアム。世界中のアナログゲームを集めた「ゲームのへや」、けん玉やコマ、お手玉など伝統的なおもちゃで遊べる「おもちゃのまち あか」をはじめ、おもちゃで遊んだり、おもちゃをつくったりと、木の魅力、おもちゃの楽しさを感じられるスペースがたくさんある。

おもちゃふれあいミュージアム
おもちゃで遊んだり、おもちゃをつくったりと、木の魅力、おもちゃの楽しさを感じられるスペースがたくさんある。

メイド・イン・ジャパン

多田さんによると、美術館をつくる際、内装やおもちゃに用いる木材は、北は青森県のヒバ材、秋田県のスギ材、南は九州山地などまで、主要な国産材を全国各地から取り寄せたとのこと。また、津軽や弘前、岡山、鹿児島から、木工職人や大工を延べ50~60人呼び寄せて、新宿区で合宿を張って工事を行ったそうです。まさにメイド・イン・ジャパン。

取材を終えて

インタビューとあわせて、東京おもちゃ美術館を見学。特に賑わっていたのは、2万個の木のボールの「木の砂場」をはじめ、木の遊具がたくさんある「おもちゃのもり」と、国産のスギ材の広い床と不思議な形のすべり台やトンネルがある「赤ちゃん木育ひろば」。どちらも木の香りと温かみに満ちていて、子どもは遊び心をくすぐられ、大人は癒やしを感じられる空間でした。

おもちゃで遊びながら、会話を弾ませ、笑い合う親子。館内で、おもちゃの遊び方や楽しみ方を教えてくれるボランティアのおもちゃ学芸員の方たち(写真内:赤いエプロンの方)。都会の真ん中で、人と人が、木を通じてコミュニケーションを深められる場所。多田さんが伝えたい木の魅力が、美術館内のあちこちに溢れていました。

「赤ちゃん木育ひろば」の様子。
「赤ちゃん木育ひろば」の様子。