木の可能性を探る

木の可能性を探る Vol.1 木を建築という環境の中で息づかせる

2011年3月4日

Vol.1  木を建築という環境の中で息づかせる

志村  美治さん(株式会社フィールドフォー・デザインオフィス 取締役デザインディレクター)

インテリアプランナーとして、ホテルやオフィス、病院、学校、店舗などのインテリアや家具などを企画、デザインする志村美治さん。母方の祖父が宮大工だったこともあり、幼い頃から木に親しみを持ち、これまでの仕事でも随所に木材を用いてきました。若い頃はいろんな素材を使ってみたいと、ガラスや金属、プラスチックなどに没頭した時期もあったそうですが、「ここしばらくは原点に戻って、また木に大きな興味を持っています」。そう話し始めた志村さんに、素材としての木の魅力や木を使う上での考え方などについて、さらに話を伺いました。

自然の素材は、人に「感情的な動き」をもたらす

私が、インテリアや家具などをプランニング、デザインするときには、人に感動を与えたり、驚かせたり喜ばせたりするにはどうしたらいいか、ということを常に考えています。それを実現する一つの方法が、木や石など自然界にある素材を用いることなんです。自然の素材は、人に「感情的な動き」をもたらすエネルギーを持っていますよね。例えば木の場合、触れたり、匂いをかいだりすると、多くの人が懐かしく感じたり、和やかな気持ちになったりします。それが木の一番の魅力。加えて木は、同じ種類でも一つひとつ形や表情が異なります。上下左右は非対称、木目の流れも不均一でムラがある。だからこそ自然。これも木という素材の大きな特徴です。

清水建設 東京木工場での一枚。志村さんは、加工やデザインされていない生のままの木材を見るだけで、ものづくりへ向けてぐっと気持ちが盛り上がるそうです
清水建設  東京木工場での一枚。志村さんは、加工やデザインされていない生のままの木材を見るだけで、ものづくりへ向けてぐっと気持ちが盛り上がるそうです

人が触れるところに木を置いてあげよう

志村さんからは、これまで手がけたムク材のベンチなど、いろいろな仕事に関する貴重な資料を見せていただきました
志村さんからは、これまで手がけたムク材のベンチなど、いろいろな仕事に関する貴重な資料を見せていただきました

そうした木の良さを建物やインテリアに取り込むとき、何もすべてに木を使わなくてもいい、極端にいえば、どこか1箇所にでもムク材が使われていればいい。私はそう考えています。最近は木材の不燃処理の技術が進み、建築と木材の距離が近くなってきています。ただ、ムク材は値段が高いものもありますし、ひび割れたり反ったりして、扱いが難しい面もある。また、木を建材として用いる場合、防火面の他に構造上の強度などについての法規制もあります。そういうときは、建築の側ではなく人の側に立った木の使い方をしたらどうでしょうか。例えば、手の平や足の裏、お尻など、人が直接触れるところに木を使う。ムク材の家具を置いたり、扉の取っ手をムク材にするだけでもいい。人が触れる場所なら、触れた人に必ず木の良さを感じてもらえるからです。

木を“生き物”として扱う気持ちを

最近の自動車業界では、前を走る車や障害物に衝突しないシステムが開発されていますよね。つまり、乗る人に優しい車。それと同じようことを、建築の世界でも考えていく必要があると思います。技術革新と工業化によって、均一で間違いのないものが大量につくれるようになった時代に、自然の素材を用いて、利用する人が気持ちいいと感じられる建物をつくるにはどうしたらいいのか、と。

そして、もう一つ。木を切るということは、自然の中で長く生きてきた命の時間をとめること。それを意識して、木を“生き物”として扱うことが大切ですよね。木は、人が上手に活かせば、建築という環境の中で再び命を宿します。建物を訪れた人にその息吹を感じてもらえるようなインテリアデザインを、今後も考えていきたいですね。

遊び心とつくることを継続する

デザインを考えるという点で、私が日頃大切にしているのは、遊び心を持つことと、つくることを継続することです。私は、建物の設計者や木工の職人、照明デザイナー、カメラマンなどいろんなジャンルのプロと一緒に作業することが多く、彼らとの仕事は新たな発見の宝庫です。打合せで「あ、こんなことができたらいいね」「よし、ちょっとやってみようか」といった具合に、アイデアがひらめいたときには、それが仕事から脱線することでも、遊び心で真剣にトライしちゃうんです。

具体的な目標は設けず、自由なスタンスでそうした動きを継続していく。そして、その合間に正式な仕事や展示会などが入ってきたら、継続している動きをそれに向けてスイッチし、つくり込んでいくんです。

フィールドフォー・デザインオフィスの若手の皆さんと模型を囲み打ち合わせする志村さん
フィールドフォー・デザインオフィスの若手の皆さんと模型を囲み打ち合わせする志村さん

すでに新しいワクワクを始めています!

志村さんがデザインし、清水建設 東京木工場、株式会社カッシーナ・イクスシーが協同でつくったテーブル。これを含め計5つのとテーブルが「5 Tables」として2010年のIPECで優秀賞を受賞
志村さんがデザインし、清水建設 東京木工場、株式会社カッシーナ・イクスシーが協同でつくったテーブル。これを含め計5つのとテーブルが「5 Tables」として2010年のIPECで優秀賞を受賞

そんな取り組みの一例が、2010年11月のIPEC(インテリアのプロと企業をつなぐ国際展示会)で優秀賞を受賞した、フィールドフォー・デザインオフィスと清水建設の東京木工場でつくった5つのテーブルです。他の仕事で同木工場と作業を続けているうちに、私たちと木工場の職人さんたちの好奇心が結びついて、互いの若手を中心に「なにか木でおもしろいことをやってみよう」ということになったんです。IPECの開催がちょうどよいタイミングで控えていたので、日頃から話し合って少しずつ形にしてきたことをテーブルという作品にして、アウトプットしたんです。

直に何度も話し合いながら、つくることの楽しさを共有できたことは、それぞれの若手にとって貴重な財産になりました。こんな有意義なことを1回で終わらせるのはもったいない。そう考えて、実は「木と光」をテーマに、すでに新しいチャレンジを始めています。

今度は一体何が生まれてくるのか、今から楽しみで仕方ありません。

5 Tables01 photo
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写真はその他の「5Tables」。「つくるものに対して、共通のルールや哲学をよくすりあわせた上で、互いの専門領域に踏み込んで意見を言い合う。すると、それぞれが想像していた以上のものができあがる。こういうことは何度やっても楽しい」。これが志村さんが考える真のコラボレーション。ただ、その前提には、お互いのコミュニケーションと信頼関係が成立していることが欠かせないといいます。「IPEC出展を含めた木工場との取り組みでは、それができましたね」、と満足した表情で語ってくれました。

プロフィール

志村美治さん

志村美治さん

株式会社フィールドフォー・デザインオフィス 取締役デザインディレクター、清水建設株式会社 設計・プロポーザル統括設計本部主査。

神奈川県鎌倉生まれ。1979年、武蔵野美術大学大学院 造形研究科修了(工芸・工業デザイン学科)。

1979年~1989年、清水建設株式会社建築設計本部勤務(この間1985-86年にはシンガポールへ留学。チャダ,シィエンビエナアソシエイツ勤務)。1989~2005年、株式会社フィールドフォー・デザインオフィス取締役デザイン部長。2006年より現職。

この他、武蔵野美術大学や共立女子大学にて講師、東京インテリアプランナー協会の会長も務める。これまでにSDA賞、JCD賞、JIDビエンナーレ賞、グッドデザイン賞インテリアプランニング賞などを受賞。

志村さんの主な仕事

  • 5 Tables(IPEC-2010 AWARD 優秀賞)
  • 博報堂健康保険組合河口湖保養所
  • マルホン本社ショールーム
  • 讃 アプローズ  帝国ホテル店
  • 妙定院
  • 晃華学園 宗教室
  • 魚半  別荘  モーラ邸

こぼれ話

ここから先は企業秘密ですよ

志村さんが今、木を取り込んだインテリアで取り組んでいるのは、ELEMENTAL(エレメンタル:それ一つで、という意味)というテーマだそうです。

「デザインする上で、訴えることを一つにすれば、建物のオーナーも含めてつくる側全員の気持ちや実際の作業、コストがその一点に集中します。すると、とてもわかりやすくて、ピュアなデザインが実現できるんですね。墨絵みたいなものです。例えば、墨絵で新緑の森を描くとして、ここに緑を塗ったほうがいい、という人はいませんよね、墨絵なんですから」。

具体的にどんなものをつくっているかは「ごめんね、ここから先は企業秘密だから」とのこと。完成したらフィールドフォー・デザインオフィスのホームページに掲載するそうなので、そのときまで楽しみに待つことにしました。

“IPEC優秀賞テーブル”のその後

“IPEC優秀賞テーブル”のその後

志村さんによると、テーブルの天板にだけアルミハニカムパネルを用い、その形が均一の楕円でないのは、思わずそこへ行ってみたくなるような、山間に見える湖や澄んだ青空に浮かぶ雲をイメージしたからとのこと。その想いどおり、今は清水建設 東京木工場の事務所内に置かれ、打合せテーブルとして日常的に使われています。

学生さんたちと志村さん

志村さんは、大学の講師として、学生たちにインテリアデザインを教えています。写真は、武蔵野美術大学・工芸工業デザイン学科インテリアデザインコースでの講義風景。今回のインタビューでは、志村さんは例え話がとても上手で、まじめな話の合間に人を笑わす小ネタを挟んできました。きっと大学での講義も楽しいはず。ぜひ一度拝聴してみたくなりました。

学生さんたちと志村さん

フィールドフォー・デザインオフィスを訪ねました

都内がよく見渡せる27Fのオフィス
都内がよく見渡せる27Fのオフィス
志村さんがデザインした過去の仕事の模型
志村さんがデザインした過去の仕事の模型

「キラキラした個性がものづくりには必要。けれど個性はたくさん集まるとバラバラになってしまうこともある。そこに組織として共有している技術を上手にかぶせて、一つのまとまった力を発揮できるようにする。フィールドフォー・デザインオフィスもそういう組織でありたいですね」。

そんな志村さんの熱いメッセージが伝わっているのでしょう、志村さんと話す若手の皆さんの表情はとてもイキイキとしていました。

取材を終えて

50歳を過ぎて、少しだけわかるようになったことがある。インタビューも終わりに近づいた頃、志村さんはそう切り出しました。「昔は著名人が書いたいろいろな文章を読んでも、へぇ、だけだった。それが最近、ある一行を見てパッとアイデアがひらめいて、それで今度のプロジェクトを進めるデザインがほとんどできちゃった、ということがあるんです。これだからクリエイションはおもしろくてやめられないよね!」。話し終えた志村さんの表情は、まるでごちそうを前にはしゃぐ子どものよう。経験と実績を積んでなお、ますます膨らむ好奇心。それが志村さんのアイデアの源泉なんだと実感しました。