人と技術のいい関係2023.09.06

広場に雲を浮かばせろ。

ついに麻布台ヒルズの開業が今年の11月24日と発表された。
今回は、竣工した麻布台ヒルズ森JPタワー(A街区タワー)の中央広場に設置された大屋根を紹介する。この大屋根は、森ビル株式会社が掲げる麻布台ヒルズのコンセプト『"緑に包まれ、人と人をつなぐ「広場」のような街-Modern Urban Village"』を象徴する巨大なオブジェ。渦を巻くように鉄骨をつなぎ合わせた大屋根の重量はおよそ500t。その大屋根を20mの高さにリフトアップし、架設する工事は、プロジェクトの中でも極めて難度が高かった。この工区を担当した木村と生産技術本部の安冨に話を聞いた。

―大屋根の意匠は、世界的なデザイナーが創作
されたそうですね。

木村:デザイナーには上海万博英国パビリオンやロンドン五輪聖火台などを手掛けたトーマス・ヘザウィック氏が起用されました。大屋根は、街の中心となる緑に囲まれた広場に設置されます。独創性あふれるデザインで、まるでそこに浮かぶ「雲」のように映ります。

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―見るからに複雑な形状ですね。

木村:大屋根は厚板材の複雑な溶接が伴う鉄骨構造となっていて、私にとってここまで複雑な構造は初めてです。施工上の技術的な課題の洗い出しや工程計画の検証など、計画に丸2年を費やしました。
1/10スケールで模型を製作し、部材の形状や組み立て・溶接手順を設計者と協議。組み立てが進むと鉄骨内部の詳細を把握するのが難しくなるので、第三者による検査のタイミングも検討しました。

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模型による部材形状の検討

―実物のモックアップも製作されたそうですね。

木村:模型では、複雑な製作工程に伴う部材の縮みや歪みまでは分かりません。そこで、実物のモックアップを一部先行して製作しました。形状が共通している外周部分と複雑な分岐部分を製作し、組み立て・溶接による影響を確認しました。

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実物モックアップによる検証

―溶接自体も非常に難しかったようですね。

木村:はい。通常の梁と柱の溶接とは異なり、細かく分割された部材をつなぎ合わせるため、高い溶接技術や、縮みを見越した余裕のある部材加工など経験に基づくセンスが必要です。そこで大屋根の製作は、船舶の溶接を行う高度な技能とノウハウがある大分プラント工業さんにお願いしました。現場に部材を運び込む前に、大分県内の工場で仮組み検査を実施しました。ここまで大掛かりな検査を実施することは滅多にないそうで、それだけ難度が高いという証です。

安冨:現場で建方と溶接を管理しましたが、一点一点曲率の違う部材を接合していくので、工場の仮組みでは納まっていたものが、現場ではなかなか再現できないこともありました。部材を持ち上げたり、少し回転させたりしながら、管理許容値に納まるように調整しました。

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大分工場での仮組み検査

―大屋根工事は、さまざまな工法を検討された
そうですね。

安冨:大屋根の高さは20m。足場を組んで鉄骨建方を進める在来工法だと、屋根直下に作業床を作るため多くの仮設材を使用することになり、足場の組み立てや撤去も大変です。また、大屋根を地上で組み立てて所定の高さまで吊り上げるリフトアップ工法もありますが、リフトアップ設備が大屋根を貫通することになり、リフトアップ後の作業が残ってしまいます。そこで、検討したのがプッシュアップ工法です。地上で組み立てた大屋根を、ジャッキアップしてはスペースをつくり、分割した柱をスライドして接合する。こうした作業を繰り返し、所定の高さまで上げていく工法です。簡単に言うと、だるま落としの反対のようなイメージですね。メリットは、鉄骨を地上で組み立て仕上げをしてからプッシュアップするので、高所作業がなくなることです。コストや工期だけでなく隣接工区の施工時期も考慮して、総合的な判断からプッシュアップ工法を採用することになりました。

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―どのような流れで工事を進めていったので
しょうか。

木村:現場で大屋根の工事がスタートしたのは2022年1月のこと。地下1階の床に作業床となる構台を作ってから、その上に大屋根を構成する鉄骨の梁を載せていきました。部材ごとに仮受けした状態で組み立て、梁を全部溶接した後に3本の本設の柱に荷重を受け替えるのですが、この作業がまた難しくて…。

安冨:組み立て時に鉄骨が変形しないように36点で支持していた荷重を3本の柱に移し替えていったのですが、大屋根の構造に影響を与えず、どこから解放するのが良いか。その順番などをシミュレーションで検討し、安全性と品質が保てるように計画しました。

木村:3本の柱に荷重を受け替えた後に、アルミパネル、トップライト等の大屋根の仕上げ工事を行いました。こうした手順を踏むのは、ジャッキを外した際に鉄骨が変形するからです。このたわみを見越して構造部材を組み立て、そして溶接しました。数値は解析で算出できますが、それをどの程度反映するかは、安冨さんの経験に基づく判断です。

安冨:おおよそ想定通りで良かったです。競技場などの大空間の建方計画をしてきた経験が活きました。

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2022年7月 大屋根の鉄骨組立の様子

―その後、大屋根を持ち上げるプッシュアップへと進まれたのですね。

安冨:プッシュアップ工法の当社実績は直近でも約30年前。幸いにもその工事の経験者が私の元上司で、今回アドバイザーとしてチームに加わっていただきました。特殊な工法の計画では検討課題の抽出が重要です。経験者のアドバイスをいただけたことは、難工事に取り組む上で力となりました。

―どういった検討事項がありましたか?

安冨:主な検討事項は、構造品質の確保と施工時の安全性です。プッシュアップ中は各柱を2台のジャッキで支持した状態なので、工事中に地震が発生することも想定して計画を行いました。プッシュアップするごとに長くなる柱に対して、地震による水平移動を止める仮設のガイドを計画したり、本設の柱の補強をしたりしました。さらにダブルセーフティとして3本の柱をつなぐ開き止めも仮設で計画しました。

―プッシュアップは順調に進みましたか?

安冨:はい。工事を担当する宮地エンジニアリングさんが手配してくれた、ストロークの長いジャッキが威力を発揮してくれました。橋梁などの土木工事で使用する大型設備で、同社の技術力にも支えられ、所定の高さまでスムーズに屋根をプッシュアップできました。

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プッシュアップ中の様子

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分割された柱をスライドして挿入している様子

―本プロジェクトを通じて学んだことを聞かせてください。

安冨:実は現場に常駐し、現場監督として工事管理を担当したのは今回が初めてなのです。計画したことを現場で実現するという経験ができたので、これからの業務に活かしていきたいと思います。またプッシュアップ工法の経験者となったので、今度は私がこの経験を次世代に引き継いでいきたいと思います。

木村:今回の大屋根工事は、経験者はいてもマニュアルはなく、自分たちで正解を見つけ出すしかありませんでした。自分たちで想定問答を繰り返し、一つひとつ課題を解決していったことは、チームのメンバーそれぞれの成長につながったと思います。また、トーマス・ヘザウィック氏率いる海外の設計チームと直接対話しながら、彼らの独創的なデザインを具現化する方法を検討したことは、私自身これまでにない貴重な経験となりました。

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―木村工事長にとって、本プロジェクトはどんなプロジェクトでしたか?

木村:業界の注目を集めるプロジェクトですが、どのようなプロジェクトであっても私の想いは変わりません。自分たちが納得できて、お客様が満足するものを引き渡すことが目標です。今後もそれを続けていきたいですね。

A街区の最難関とも言える大屋根工事。大屋根のプッシュアップは、担当者たちとアドバイザーとなった元上司、大屋根の製作を担当した大分プラント工業、工事を担当した宮地エンジニアリング、誰が欠けても成し遂げられなかったに違いない。「どんなプロジェクトでも想いは変わらない」という木村の言葉が印象的だった。多くの人がこの広場に集い、大屋根を見上げる日まであと少し。

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Profile

木村 宏樹

麻布台ヒルズ(虎ノ門・麻布台プロジェクト)

A街区 工事長

入社年:1997年

主な業務:施工計画・施工管理

Profile

安冨 彩子

生産技術本部 生産計画技術部
グループ長

入社年:1998年

主な業務:施工時解析・施工計画支援