ページの先頭です
ページ内移動用のメニューです。

清水建設株式会社 東京木工場


このページは、トップページの中の連載企画の中の2014年の中のVol.36 東京木工場 開設130年に寄せてのページです。


ここから本文です。

木の可能性を探る

Vol.36 東京木工場 開設130年に寄せて

2014年11月11日

東京木工場の開設130年が
未来への挑戦の第一歩であるために

清水建設株式会社 建築事業本部 東京木工場長 井手勇人

東京木工場の前身である清水満之助店の木材切組場が開設した1884(明治17)年という時代は、1878(明治11)年の東京株式取引所の開設をはじめ、1881(明治14)年に日本鉄道会社、1882(明治15)年に日本銀行などがそれぞれ設立されています。つまり、日本が未来へ向けて、新しい「挑戦」を始めた時代でした。

工場長として、私が常日頃考えていることは、東京木工場130年の歴史を清水建設の強みにし、高度な木工技術とサービスをお客様に提供することです。最適な設計を行い、高品質な製品をつくり、それを建物に正確に取り付ける。さらに適切なメンテナンスも行っていく。これら一連の木工事を、東京木工場が一丸となって手掛ける「総合力」を今以上に高めていきます。

もう一つが、東京木工場の使命ともいえる「技術の継承」です。昨今は、お客様が求める品質やコスト、納期の実現には、機械化は避けては通れない道です。コンピュータ制御の加工機械を導入することで、作業が大幅に効率化されました。

しかし、これまで蓄積してきた技術や知恵、経験を継承していかなければ、機械を使いこなすことはできません。また、細部の加工や仕上げは、手仕事で丁寧に心を込めて行う必要があります。それができるのが東京木工場であり、そうした現代における技術の継承が、未来へ向けた私たち東京木工場の「挑戦」なのです。

ものづくりとは、「こんなものがあったら便利だな、心地いいな」と、社会やお客様が求めるものを生み出すポジティブな仕事です。だからこそ、これからも、お客様の声にしっかりと耳を傾け、その期待に応えられるよう、努力を続けていきます。

大正~昭和40年代までの当時の東京木工場の様子

大正時代、東京木工場が所有していた貯木場。

第一号工場の作業風景。1915(大正4)年。

手押鉋削機を使って材料を加工。1915(大正4)年。

シミズ高級化粧不燃板の加工。1970(昭和45)年。

「乾燥室第二号」が完成した頃、1967(昭和42)~70年。

 

東京木工場開設130年の記念誌を発行しました

東京木工場は開設130年にあたり、東京木工場の歴史をはじめ、木工の伝統技術、現在の取り組みと未来への姿勢などを多くの方々に知っていただくため、 「伝統と未来・東京木工場開設130年」を発行しました。


ここからフッターメニューです。
ページの終わりですページの先頭へ戻る